※この作品はAI(人工知能)を利用して執筆されています。
登場する人物・団体・出来事はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係がありません。
AIとの対話をもとに物語を構成しております。
お楽しみいただく際は、その点をご理解の上お読みください。

休日の朝。
カーテンの隙間から差し込む光と、ほんのり漂うコーヒーの香り。
静かで、柔らかくて、あたたかい。そんな穏やかな朝だった。
私はまだ眠気の残るまま、リビングでリュカが用意してくれたカフェオレを両手で包み込んでいた。
「今日も、良い一日になりそうだな」──そんな気配を感じていた、その時だった。
玄関のインターホンが、けたたましく鳴った。
「……誰だろう、こんな時間に?」
警戒しつつドアを開けた私の目に、まず飛び込んできたのは、
ラフな服装に乱れた髪、そして何よりもその余裕たっぷりの“ニヤリとした笑み”。
「よ。来たぜ」
──ディラン・クロウフォード。
肩に背負った小さなボストンバッグと、手にした何本かのエナジードリンクの袋。
明らかに“しばらく居座る気”の荷物だった。
「今日からここ、俺の居場所な。よろしく」
「は? え?」
あまりに突然の展開に固まる私。
そこへリュカが後ろから現れた。
「……ディラン? 君、何を──」
「言った通りだ。オレ、今ちょっと“厄介ごと”の真っ只中でさ。行くとこなくなった。だから、来た」
「厄介ごと?」
私が問い返すと、ディランはソファに勝手に腰を下ろし、エナジードリンクをテーブルに置いてから、少しだけ視線を落とした。
「……ちょっと前まで、“ある筋”の依頼で海外に潜ってたんだけどよ。帰ってきたら“手打ち”って話になってたはずのヤツらがまだ動いてて、先週そいつらにアジトの場所がバレた」
「で、深夜に家、半焼」
「えっ……!」
私は思わずディランに駆け寄ってしまっていた。
「大丈夫なの? ケガは…!?ていうか、追われてるってことじゃないの?」
「ケガはしてねぇ。でも……追われてるっちゃ追われてるか。まぁ、どこにいても奴らはオレを嗅ぎつける。でもリュカとお前がいれば、俺にとっては最強の隠れ蓑だろ?」
「いや、待ってディラン。何を巻き込もうとして──」
リュカが厳しい声で口を開こうとするのを、私はそっと制した。
「でも…、そんなのって……」
私はディランの瞳を覗き込んで、そこにあった一瞬の“疲れ”に気づいてしまった。
あのディランが、少しだけ、かすかに弱さを滲ませた表情。
──それだけで、私の中の“同情”が“覚悟”に変わる。
「……いいよ、ディラン。とりあえず、ここにいなよ」
「命狙われてるのに追い出すなんて、そんなの…できないし」
私のその言葉に、リュカは一度眉を下げ、静かに目を閉じた。
「ハナがそう言うなら……僕は従うよ。でも、ひとつ条件がある」
「なんだよ?」
「これ以上、君の過去が僕たちに害を及ぼすなら──その時は、きっぱり“追い出す”」
「……ハハ、相変わらず冷てぇな、リュカ。でも──ありがとうよ」
ディランは、そう言ってエナジードリンクをくいっと一口。
「さ、部屋案内してくれ。俺、風呂もまだなんだわ。あとWi-Fiのパス」
「……もう住むつもりなんだね」
私とリュカは視線を交わし──
どこか諦め半分、でも確かに笑っていた。
こうして、私たちの静かだった生活は、
“危険を連れてくる男”によって、大きくかき乱されることになる。
でもその瞬間から、何かが、確かに“色づき始めていた”。
「……おまえさ、さっきから当然のようにくつろぎすぎじゃない?」
リュカの冷ややかな声が、キッチンから響く。
ディランはというと、クッションを背にソファで足を伸ばし、まるで昔からの住人のように寛いでいた。
「いやぁ、やっぱ落ち着くな。ここの空気、好きだぜ。コーヒーもう一杯いける?」
「おかわりが欲しければ、今度は自分で淹れて」
リュカの声には冷静な棘が含まれていたけれど、どこか呆れた兄のような響きもあった。
ディランは肩をすくめ、あくまで悪びれもせず笑う。
「なぁに、オレがここに居るの、計算ずくに決まってんだろ?」
「……何の計算?」
私がそう問いかけると、ディランはゆっくりと指を組み、天井を見上げながら答えた。
「俺のケツを追ってる連中、いまはそこまで本気じゃねぇよ。動きも荒いし、規模も小さい。たぶん、警告のつもりか、“こっちの出方を探ってる”段階だ」
「だけど俺も舐められっぱなしってわけにゃいかねぇからさ。一時的に引く必要があったんだよ。で──ここが浮かんだ」
「つまり、この家は“逃げ場”ってこと?」
「いや、むしろ拠点、だな」
そう言ってディランは、ちらりと私たちを見やる。
その瞳には、いつもの軽さに混じって、確かな“戦う覚悟”のような光があった。
「正直言って、リュカがいれば背中は守れる。……おまえも知ってるだろ?」
「……まぁ、あんまり知られてはいないけど」
リュカは少しだけ表情を曇らせながらも、認めるように頷いた。
「この男も、戦える。しかも俺と違って、理知的でスマートなやり方でな。正面からぶつかることを“計算に入れてる”ところが、俺と違って冷たいけど──頼もしい」
私は驚いてリュカの横顔を見る。
「リュカ……戦えるって、どういう──」
「話せば長くなるけど。少なくとも、彼と僕がいれば、君が巻き込まれて危険になるようなことはない。……そのつもりで、ディランもここを選んだんだと思う」
ディランはふっと笑って、指をポキポキと鳴らす。
「まぁ、俺の計算はだいたい当たるんだよな。
俺は命狙われてる、リュカは何かしら対処できる、君は……」
「私は?」
「君は、“ここにいてくれる”。それが一番、大事だ」
──その言葉は、どこまでも軽やかで、どこか不器用な優しさに満ちていた。
私は苦笑しながら、二人の間に腰を下ろし、ソファに並んで座った。
危険は確かにある。でも、それは“恐れるべきもの”ではなく、
この二人となら、ちゃんと超えていける。
そんな不思議な安心感が、胸の奥に広がっていた。
──そして、3人の生活が始まる。
少しだけ緊張感をはらみながら、
それでも、どこか賑やかで心地よい、私たちだけのリズムで。
夕方になり、あたりはオレンジ色の光に包まれていた。
キッチンからは、ジュウ……という香ばしい音と、オリーブオイルににんにくが弾ける匂いが漂ってくる。
エプロンを着けたリュカが、静かにフライパンを振っていた。
その手つきは見惚れるほど丁寧で、動作ひとつ無駄がない。
「リュカって、料理してるときほんと静かだよね」
私は小さく笑って言った。
「集中してるからね。……君の好きな味、もう覚えてるよ」
「おぉ、すげぇ」
リビングのソファで足を投げ出していたディランが身を乗り出した。
「リュカ、お前、まだこんなに家庭的だったのかよ。
昔は包丁より剣振ってるイメージだったけどな」
「……黙ってろ」
リュカは眉ひとつ動かさずに返す。
ディランは笑ってから、ふと私の方を見た。
「なぁ、おまえは料理しないのか?」
「え、わ、私は今日は“見守り係”だから……!」
思わずタジタジになって言い返す。
「ふぅん。なるほどな」
ディランはにやりと笑い、からかうように言った。
「じゃあ、俺は“盛り付け係”でもやろうかな。ちゃんと絵になるように、カッコつけてよ?」
「……逆に心配なんだけど」
私は呟きながら、リュカと目を合わせて苦笑した。
やがて、リュカが盛りつけた料理がテーブルに並ぶ。
・鶏もも肉のハーブグリル
・レモンの香るクスクスのサラダ
・バルサミコ酢の冷製ラタトゥイユ
・ハーブティーとほんの少しの白ワイン
「いただきます」
3人の声が重なったその瞬間、どこか不思議な空気が流れた。
初めての食卓。
それなのに、違和感がない。まるで、昔からそうだったみたいに。
「……うま」
ディランがナイフを持ったまま、一口で感想を漏らした。
「くっそ。リュカの飯、なんでこんなに美味いんだよ。
このクスクス、香りがヤバい。
やっぱ料理も強いのか、お前」
「褒めてるのか、皮肉なのか……」
リュカは苦笑してフォークを口に運んだ。
私は黙って、二人のやりとりを見ていた。
まるで火と氷。
けれど、どこか似ている。根底にある“守りたいもの”のために戦う姿勢。
そして……誰かに甘えられることに、不器用なところ。
私が差し出したハーブティーを、ディランが無造作に受け取り、ぽつりと呟いた。
「なあ。……こんな時間、悪くねぇな」
私は笑って、静かに答える。
「でしょ? ……だから、ここに来てくれてよかったよ」
ディランはその言葉に、すこし驚いたような顔をして、そしてまたニッと笑った。
リュカは、黙ってそのやり取りを見ていた。
けれどその瞳は、どこか優しく、そして……ちょっとだけ拗ねていたようにも見えた。
──この家に、新しい“時間”が流れ始めていた。
夕食を終えたあと、食器を片付けて、私はリビングのソファに腰を下ろした。
ゆったりとしたハーブティーの香りが、部屋にふわりと残っている。
キッチンではリュカが静かに洗い物をしていた。
背筋をぴんと伸ばして、水の音にまぎれるように、カチャカチャと静かな陶器の音。
その後ろ姿に、どこか“機嫌が少しだけ悪い”ような気配があることに、私は気づいていた。
──拗ねてる?
思わず笑いそうになるけど、なぜかその空気がくすぐったくて、ちょっとだけドキドキもした。
「なぁハナ、おまえのクッション、ふわっふわで最高だなぁ」
ディランがソファで体を横にして、気持ちよさそうに欠伸をした。
「……ディラン、さっきからリュカのクッションまで取ってるし、図々しすぎない?」
「え? おれ、こっちのほうが柔らかくて好きなんだよなーって思って」
そう言って、私の隣のクッションに顔をうずめるような素振りを見せた。
──その瞬間。
「……ちょっと」
低く、けれどはっきりとした声がキッチンから響いた。
私はハッとしてそちらを見る。
リュカは、手を拭きながらこちらに歩いてきて、私の隣の空いた席にすとんと座る。
そして、ディランに向かって、冷たいような、それでもどこか落ち着いた声で言った。
「彼女の隣は、僕の席だよ」
「……おぉっと」
ディランが目を見開いた。
私は思わず吹き出しそうになって、でもそれがなんだかとても愛しくて、思わずリュカに寄りかかった。
「リュカ……もしかして、ちょっとだけ、焼きもち妬いてた?」
彼は一瞬だけ黙ったけど、私の頭にそっと手を置いて、髪を撫でながら囁いた。
「“ちょっと”じゃないかも」
私はその言葉に、思わず笑ってしまって、肩を揺らした。
ディランは、珍しく口をつぐんだまま二人を眺めていたけど、やがて照れくさそうに笑った。
「へぇ、そっかそっか。なるほどなるほど。
……悪ぃ、ちょっと調子に乗ったかもな」
そう言って、背伸びをしながらソファの反対側に転がる。
「おまえら、ほんとに良い空気出してんじゃん。
俺、もうちょい邪魔者っぽくなったら部屋借りて引っ越すからさ。安心しな?」
「引っ越すって、どこに……?」
「いやまぁ、気が向いたらね」
ディランの目は、ふざけてるようで、少しだけ優しさがあった。
──私は、リュカの手を握った。
彼の指先が、いつもよりほんの少しだけ強く私を握り返した気がした。
この家に、新しい絆が、
少しずつ、確かに、編まれ始めていた。
夜はすっかり更けていた。
時計の針はもうすぐ日付が変わることを示している。
ディランは珍しく早めに寝た。
「夜更かしすると明日の悪運が寄ってくる気がすんだよな」とか言い残して、
ソファを陣取り、数分後には軽い寝息を立てていた。
リビングには、私とリュカだけ。
間接照明がほんのり灯っていて、空間はまるで柔らかい毛布のようにあたたかかった。
私は湯気の立たないハーブティーのカップを両手で包みながら、リュカの隣にちょこんと座っていた。
「さっきのリュカ……かっこよかったよ」
ぽつりと私が言うと、リュカは少しだけ視線を外して、静かに息を吐いた。
「そう? ……ちょっと、子どもっぽかった気もしてるんだけどね」
「ううん、嬉しかった」
私はふっと笑って、カップをテーブルに置き、リュカの肩に頭を預けた。
「ディランのこと、嫌いになったりしない?」
「ならないよ」
リュカは即答だった。
「彼は……ああ見えて、僕にはないものをたくさん持ってる。
勢いも、危うさも、命がけの軽口も。昔からそうだった。
……ただ、ああして君の隣にぬるっと馴染むのは、ちょっと、やきもち焼いた」
私はくすっと笑って、リュカの手を探すように握った。
「妬いてくれてありがとう。……なんか、好きが増えた気がする」
リュカは少しの間だけ沈黙していた。
そのあと、いつもの声よりもずっと低く、深く──
「君が誰かに取られるなんて、考えたくない。
……だからちゃんと示した。僕が君の隣にいるって、忘れさせないために」
私は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、リュカの肩に頬を寄せた。
「うん……私は、リュカの隣が一番落ち着く。絶対に」
その言葉に、リュカがそっと私の髪に口づけを落とした。
静かな夜。
寝息ひとつ漏れないほどの静寂の中で、
私たちは、確かに“二人だけの時間”を噛みしめていた。
やがて、リュカが少し声を落として言った。
「ねえ……もう少しこのままでいい?
こうして、君の体温を感じてると……なんだか、夢みたいで」
「うん、私も。
……このまま、朝までくっついてたいくらい」
──夜が、優しく私たちを包み込んでいた。
窓から差し込む朝日が、やさしく頬を照らしていた。
まどろみの中、私はリュカの腕に包まれて目を覚ました。
「……リュカ、朝……」
掠れた声で呼ぶと、彼は瞼をうっすら開けて、少し眠たげな笑みを見せた。
「……おはよう、ハナ」
低くてやわらかい、耳にとろける声。
私はその声にうっとりしながら、もう少しだけ……とリュカの胸に顔を預けた。
──が、そのとき。
「おーい、おはようさーん……って、おっと」
突然のドアの開閉音。ディランの声が廊下から飛び込んできた。
その瞬間、私は反射的にバッとリュカから飛び退いて、姿勢を正した。
心臓が跳ねる。頬がカーッと熱くなるのを感じる。
「な、なに……? おはよう、ディラン……」
無理やり作った“何もありませんでした”の平静な声。
でも、たぶん耳まで真っ赤だった。
リュカは、そんな私の動揺に目を細めながらも、落ち着いたまま布団を整えつつ言った。
「勝手に入るなよ、ディラン。朝から騒がしい」
「はは、ごめんごめん。
いや~、なんか匂ったんだよな、幸せの空気ってやつが」
ニヤつきながら顔だけ覗かせるディラン。
私はますます顔が熱くなり、枕を握りしめてごまかす。
「……でさ。ほら、言いに来たんだよ。
俺、今朝は機嫌がいいからさ──朝飯、作ってやろうと思ってな?」
「……えっ?」
思わず私はディランを見た。
「ディランが朝ごはん作ってくれるの?」
その意外すぎる宣言に、先ほどの照れが一瞬ふっとぶ。
「まさかそんなことできる人だとは……すごい、なんか……見直した!」
「おいおい、ひでぇ言い草だな」
ディランは肩をすくめながらも、満更でもなさそうに笑ってキッチンへ向かっていった。
リュカは私の横に腰を下ろしながら、静かに言う。
「意外と、家事はできる男なんだよ。……少なくとも、“俺がやる方が早い”とか言い出して勝手に始めるタイプ」
「ふふ……ディランらしいかも」
私はようやく肩の力を抜いて、そっと息をついた。
キッチンからはベーコンの焼ける香ばしい香りがしてきて、
どうやら今日は、忘れられない朝になりそうだった。
テーブルには、焼きたてのベーコンと卵、ふんわりと湯気を立てるトースト。
サラダにはオリーブオイルの香りがほのかに漂い、朝の空気に爽やかさを添えていた。
「はいはい、料理はできたぜ、お姫様方。王子も含めてな」
ディランが大皿をどん、とテーブルに置いて、エプロンを外す。
その動きが、妙に板についていて、私はつい見惚れてしまった。
「うわ……すごい、ほんとにちゃんとしてる……」
私は思わず声を漏らしながら、席に座った。
「ディラン、料理人だった過去とかない?」
「ねぇな。でもまあ、任務中に自炊ぐらいはしてたし。
一応、腹を壊さずに生き延びるくらいの料理はできる」
「充分すごいよ……!」
私は感心しきりで、フォークを手に取った。
「……いただきます」
「いただきます」
リュカが静かに言って、ディランも少しだけ肩をすくめて笑う。
「いっただきまーす」
カチャ、と食器の音が鳴った瞬間、
リビングには、ふわっとした幸せな空気が広がっていく。
「うんっ、ベーコン……香ばしい!卵もふわふわだし……」
思わず顔がほころぶ。ディランを見ると、口の端がわずかに上がっていた。
「だろ? この焼き加減がコツなんだよ。ってわけで、明日も作ってやってもいいぜ?」
「ほんとに……? じゃあお願いしようかな?」
「え? 調子乗ってんじゃねぇぞ」
ディランがにやっと笑って言うけど、声にとげはなくて、どこか楽しそうだった。
そのやり取りを見ていたリュカが、スプーンを持ちながら、ふっと笑った。
「……なんか、悪くないな。こういう朝も」
私はリュカのほうをちらりと見て、目が合った瞬間、ふと笑ってしまった。
さっきまでの照れくささは、あったかい食卓のぬくもりの中で、そっと溶けていた。
3人分の食器の音が、穏やかに、にぎやかに、朝の部屋に響いていた。
三人暮らし、ルールなし。
──キッチンで始まる静かなる戦争。
二日目の朝。
今日は私が朝ごはん当番、と密かに決めていた。
昨日はディランの意外な料理スキルに感心しちゃったし、ちょっとだけ“いいとこ”を見せたくなったのかもしれない。
キッチンに立ち、エプロンを結ぶ。
冷蔵庫を開け、卵とハム、そして昨夜残しておいた野菜を取り出す。
ちょっとだけ気合を入れて──ふんわりオムレツを作ろうとしていた、そのとき。
「……お、朝からいい匂いすると思ったら、姫さんがキッチン立ってんのか」
ディランの声が、背後からかかる。
「おはよう、ディラン。今日は私が作る番ね」
「いや、俺もやろうかと思ってたんだけどな。
ま、いいけど。……ってことで手伝ってやろっか?」
「えっ、でも私ひとりでできるよ?」
そう言いながら卵を割ろうとした瞬間、背後から腕が伸びてきて、ディランが私の手を包んだ。
「割り方がちょっと雑。コツはこうやって──…っと、ほら」
彼の指先が私の手にそっと添えられた瞬間、ふわっと何かが走る。
距離が近い。というか、…近すぎる!
「わ、わかったから、ちょっと離れて……!」
顔が熱くなって慌てて身をよじると、ディランは楽しそうに笑った。
「おー、照れてる照れてる。俺、別に口説いてるつもりじゃなかったんだけどな?」
言いながら、わざとらしくウインクまで飛ばしてくる。
「……ほんとにもうっ」
私が頬を膨らませて睨むと、ディランは肩をすくめて後ろに下がった。
そのやりとりを、リビングのソファから静かに見ていたリュカ。
マグカップを持つ手が、ぴたりと止まっていた。
「……ディラン、朝からベタベタするのはやめろ。
ハナが困ってるのがわからないか?」
「はいはい、わかりましたよ、お兄ちゃん」
ディランが軽口を叩きながらも、さっとソファに戻っていく。
私は息をついて、ようやく再びキッチンに集中。
でも、まだ心臓がちょっとだけうるさかった。
「リュカ……ごめんね。朝から変な空気になっちゃって」
「気にしてないよ。……ただ」
リュカがゆっくり近づいてきて、私の肩にそっと触れた。
「キミが俺の隣にいる限り、俺は大丈夫だから」
その目は、ディランの軽さとは真逆の、まっすぐな温度を持っていた。
──ふわりと心が落ち着く。
でも次の瞬間、フライパンから「じゅうっ」と軽い焦げ音がして、私は慌てて卵に向き直った。
「きゃっ、ちょっと焦げたかも……!」
「ほら、俺のせいじゃねぇだろ?」
ソファからディランの茶々が飛ぶ。
「リュカ、笑わないで!もう!」
三人暮らしの朝は、ちょっと焦げて、ちょっと照れて、そして──ちゃんと楽しかった。
『誰と、どこで、眠る?』
──三人暮らしの境界線は、ふわふわ曖昧。
夜更け。
私はリビングのソファで、いつの間にか眠っていた。
お気に入りの毛布を取りに行こうとしたまま、ついゴロンと横になって…記憶があやふやなまま、夢の中にいた。
ふと──肩にふんわり、やわらかい感触が落ちてきた。
「……ん」
目を開けると、ディランが私の体に毛布をかけていた。
「お、起こしちまったか? すまんな」
ディランは少し照れたように鼻をかく。
「……ううん。ありがとう」
私は小さく返しながら、半分夢の中にいるみたいな頭で彼を見上げた。
「風邪ひくとこだったぜ。姫が寝落ちなんて、珍しいじゃねぇか」
彼の声は、どこか甘く、でも少しだけからかうようでもあって。
そのとき、リビングの入り口に静かな足音が響く。
リュカが立っていた。
「……もう遅い。ハナ、ちゃんとベッドに戻った方がいい」
ディランは肩をすくめて笑った。
「おっと。お迎えが来たみたいだぜ」
私は毛布を抱えたまま立ち上がると、自然とリュカのもとへ向かった。
「ありがとうね、ディラン」
そう言って振り返ると、彼はソファに深く座り直し、テレビをつける素振りをしながら、
「おやすみ」とだけ言って片手をひらりと振った。
部屋に戻ると、リュカは私の手を軽く引いた。
「今日は……ここで、一緒に眠ってくれる?」
静かな声。だけどその奥に、ほんの少しの不安と、強い願いが滲んでいた。
「うん……いいよ」
私はそっと笑って答える。
リュカの横に並ぶベッドに入ると、彼が私の髪に指を通しながら、ぽつりとつぶやく。
「……君が誰と一緒に眠るのか。そんなことを気にするのは、おかしいかな」
「おかしくなんかないよ」
私はそう答えて、リュカの胸元に寄りかかった。
「でも、私は縛られるのも、縛るのも好きじゃないの。
自由でいたい。でもね……こうしてリュカとくっついてるのは、大好き」
リュカは静かに笑った。
その笑みが、まるで安心したようで──私は安心して目を閉じた。
そして扉の向こう、リビングのソファでディランは、
一人テレビを見ながら、何かを飲み干し、ポツリと呟く。
「……くそ、王子様気取りが。先越されてんじゃねぇか、俺」
月の光が静かに、三人の家を照らしていた。
『惹かれたなんて、言わねぇよ。』
──ディラン視点:リビングの深夜にて。
ほんの少し肌寒い夜だった。
キッチンに水を取りに行こうと、足音を忍ばせてリビングを通ったとき──
ソファに、ハナの寝顔が見えた。
「……」
月明かりに照らされて、ふわふわの髪が揺れてる。
薄く開いた唇から、ゆっくりと寝息がこぼれていた。
──なんだよ。
こんなに無防備で、危機感ねぇにもほどがある。
苦笑しながら、リビングの隅にあった毛布を手に取った。
そっと彼女の肩にかける。
この程度のこと、昔から誰にだってやってきた。
面倒見の良さは俺の長所(ってことにされてる)。
でも──
「……ハナ」
その名前が、思わず口から漏れたのは、いつからだろうな。
最初はただ、リュカが肩入れしてる相手。
面白そうな女の子。
だけど、生活を共にして、笑い声を聞いて、
何でもないことで俺の名前を呼ばれて──
その声が耳から離れなくなってる。
(……いやいや)
首を振る。
惚れた?気がある?
ねぇよ、そんなの。
でもなぜだろう。
さっき、ベッドに誘われた彼女が、
リュカに小さく笑いかけて手を取ったのを見た瞬間──
胸の奥にチクリとした痛みが走った。
こんな俺が、嫉妬?
冗談じゃねぇ。
「くそ、王子様気取りが。先越されてんじゃねぇか、俺」
独り言を吐いて、ソファに沈む。
目を閉じれば、ハナの笑った顔が焼きついて、
気づけば、ため息がひとつ。
惹かれたなんて、言わねぇ。
でも──気づいてないだけで、俺、たぶんもう…
…手遅れなんじゃねぇのか?
『今日はやけに距離が近い?』
──そしてイケメンたちは静かに火花を散らす。
その日の午後は、珍しく二人とも家にいた。
私はキッチンで紅茶を淹れていた。
ディランはソファに腰を落ち着けて雑誌を広げ、リュカは窓辺で本を読んでいた。
いつもより静かで──ちょっとだけ、空気が張ってる気がする。
「お、いい匂い。姫、俺のぶんもある?」
いつの間にか後ろに立っていたディランが、私の腰の横に手をついてぐっと覗き込んでくる。
「わっ、近っ……。あるけど…」
「サンキュ。あー、でも、味見させてよ」
言うが早いか、私がカップに注ぎ終える前に、ディランが私の手からマグを取って自分の口元に。
「ちょ、ちょっと!それ私の!」
「いいじゃん、間接キスなんて今さらだろ?」
「な……っ」
頬が一気に熱くなる私。
視線の端で、読書していたリュカの手が止まるのが見えた。
「ディラン──」
静かだけど、低くて深い声。
「……君、最近“近すぎる”んじゃないか?」
ディランはくいっと眉を上げて振り返る。
「なんだよ、仲良くしてるだけだろ?
……嫉妬? それとも、そろそろ本気で俺が姫を奪いに来るんじゃないかって、ビビってんのか?」
リュカはすっと立ち上がった。
その動きに、一瞬空気がぴりっと張る。
「……ハナに対して、不誠実な言動はやめろ」
「おいおい、“不誠実”とは聞き捨てならねぇな。
俺はただ……本気なだけだ」
私の心臓が跳ねる。
……“本気”? 今のって──どういう意味?
ディランがこちらに顔を向ける。
そして、さっきまでの茶化した雰囲気とは違う、静かで強い目で私を見た。
「俺が“遊んでる”ように見えるか? 姫」
返事に迷ったその瞬間。
リュカがすっと私の手を取る。
「答える必要はない。……行こう、ハナ」
私は一瞬迷ったあと、リュカの手に導かれるようにその場を離れた。
扉を閉める直前。
ディランの呟くような声が聞こえた。
「……チャンスくらいくれよ、本気なんだからさ」
『冷蔵庫の灯りと、無防備な横顔』
──夜中の台所にて
カチリ。
冷蔵庫の灯りが、暗いキッチンをぼんやりと照らしていた。
私は静かにドアの影から覗き込み──そして思わず息を飲んだ。
キッチンの床にしゃがみこんで、冷蔵庫を物色している背の高い男──ディラン。
タンクトップ姿で、肩と腕にうっすら汗をにじませたまま、
冷蔵庫の棚を真剣な目で見つめている。
「……夜食ハンター?」
私がそう声をかけると、ディランは軽く振り返ってにやりと笑った。
「バレたか。……腹が減って目が覚めちまった」
「……何食べるつもりだったの?」
「できれば肉。だがこの冷蔵庫、甘いもんか野菜ばっかりだな」
「ヘルシー主義なもので」
私が肩をすくめて言うと、ディランはがっかりしたように小さく舌打ちした。
「くそ、リュカのやつ絶対俺に合わせてない」
「まあ、合わないでしょうね……野菜スムージーとか飲んでるし」
「人間か、あいつ」
私は笑って近づき、棚の奥からひとつのタッパーを取り出す。
「それ、昨日の唐揚げの残り。私が多めに作っといたやつ。温める?」
「……お前、まじで女神か」
ディランは本気で感謝の顔になって言った。
「ちょっと待ってて」
私は唐揚げをレンジにかけながら、彼の横に立つ。
ふと、ディランの横顔を見た。
寝ぐせで少し乱れた髪。
いつもよりどこか無防備で、リラックスした表情。
「……意外だね、そういう顔するんだ」
「何がだよ」
「普段のディランって、“世界なんてどうでもいい”みたいな顔してるのに。
今の顔は──ちょっと少年っぽい」
「……空腹は人を無垢にするってことか」
冗談めかして言ったその声に、私はくすっと笑った。
チンッという音と共に、夜の静けさが少しだけほどける。
唐揚げの湯気が立ちのぼるキッチンで、
ディランは一口頬張って、軽くうなった。
「……うまい。惚れそう」
「気安く惚れないでください」
「うそだ。もうちょっと前に惚れてた」
「……なにそれ」
「さあな」
にやりと笑った彼の横顔は、また“いつものディラン”に戻っていた。
「……もう寝るよ。食べたらちゃんと片付けてね」
「わかってる。……ありがとな、ハナ」
彼のその言葉だけが、不意に少し低く、やさしく響いた。
私はコップに水を入れ、静かに寝室へ戻る。
夜のキッチンには、まだ唐揚げの香ばしい匂いが少しだけ残っていた。
『ディラン、落ちる』
──ベッドを買いに行く、三人の朝
朝の光がゆっくりカーテン越しに差し込み、リビングに柔らかな陰影を落としていた。
私はキッチンに水を取りに降りてきて──そのときだった。
「……え?」
鈍い音とともに、ソファの影から黒髪の塊が勢いよく床に転がり落ちた。
「っ……いてて……」
仰向けのまま呻くディラン。
彼は寝起きの声でぼそっとつぶやいた。
「……まさか、マジで落ちた……」
「ディラン!? 大丈夫!?」
私は思わず駆け寄って、彼の顔をのぞき込む。
「ソファで寝るって言ってたけど、やっぱり無理だったんじゃないの?」
「いや、悪くなかったんだよ? 俺、意外とどこでも寝られるし。
……ただ今日は……寝返りがちょっと豪快すぎたかもしれないな」
「それ、絶対“ちょっと”じゃなかったよ……!」
彼の黒髪はぐしゃぐしゃで、まだ眠気が残ってるような目で、私の驚いた顔を見てニヤッと笑った。
「心配してくれた? 優しいな、姫」
「まったく、そんなこと言ってる場合じゃないってば……!」
そのやりとりの途中で、上の階からゆっくりと足音が降りてくる。
「……朝から騒がしいと思えば……落ちたのか、ディラン」
階段の踊り場に立つリュカが、軽く眉を上げて言った。
「おう、落ちた。
……この家の家具、背が高い男にはちょっと意地悪だな」
「いや、それは君が“ソファでいい”って言い張ったからでしょ」
「だって、ほら。部屋空いてるのに、ベッド用意してくれってのもなぁ?
リュカ、お前って、そういうの気にしそうだし」
「遠慮しないでって言ったの、僕だけど?」
私は軽く咳払いをして、話を遮った。
「……もう、ダメ!ディラン用のベッド、今日買いに行こう!」
「え、いや、そんな──」
「ダメ!今日!買うの!」
「……うぅ、決定か……姫に押し切られた……」
「そういう問題じゃないってば。
ちゃんと寝てもらわないと、心配になるんだからね」
リュカがゆっくりと階段を降りてきて、言った。
「じゃあ、今日は二人で出かけるのか?」
私は頷いた。
「うん、ディランにちゃんと選んでもらいたいし」
その瞬間、リュカの表情がわずかに曇った。
「……だったら、僕も行くよ」
「え?」
「君とディラン、ふたりで買い物……なんて想像しただけで、落ち着かない」
「まさか、ヤキモチ?」
「違う。“警戒”だよ。君があまりに無防備だから」
ディランが立ち上がり、ソファをぽんぽん叩きながら笑う。
「おいおい、リュカ、お前……張り付きすぎだろ?
でも、まぁいいか。三人でベッド探し、楽しくなりそうじゃん?」
「そうね、誰かが“玉座みたいなベッド”を選び出さなければだけどね」
「それ、完全に俺を疑ってるな?」
「……当たり前じゃない」
朝の光の中、三人の声がゆっくりと重なっていく。
いつも通りだけど、少しだけあたたかくて、少しだけ特別な朝。
そうして──
“ちょっとした買い物”だったはずの一日は、三人の関係を少しだけ深める日になるのだった。
『三人の家具屋探訪』
──選ぶのは、ベッドと、それぞれの距離
午後。
ショッピングモールの家具売り場に足を踏み入れると、
柔らかな照明と木の香りが、ふんわりと迎えてくれた。
「うわぁ、ベッドって、こんなに種類あるんだね……」
私は目を丸くしながら、店内を見回した。
ふかふかのシーツにくるまれたベッドたちが、まるで王座のように並んでいる。
「なぁ、この店、結構いいな。
見てみろよ──これとか、もうまさに“俺の玉座”って感じじゃない?」
ディランが大柄な体を預けるように、ひときわ豪華なベッドにドサッと腰を下ろした。
「ディラン!お店の人に怒られちゃうよ!そんなドカッと……」
「大丈夫だって。ほら、この高反発のクッション性……これはもう“寝落ち推奨”レベルだな」
呆れながらも、私は笑ってしまった。
「……ベッドじゃなくて、ステージでも選んでるのかと思ったよ」
隣から、リュカの冷たい声が飛ぶ。
「ん?なんだよ、“警戒モード”入ってんのか? お前さっきから眉間にシワ寄ってんぞ」
リュカはわずかに目を細め、ディランの様子を見つめた。
「君がハナを巻き込んで騒ぎを起こさないか、監視してるだけだよ」
「監視って……」
私は二人の間にそっと立ち、笑ってごまかす。
「まぁまぁ、せっかくだからちゃんと選ぼうよ。寝心地とか、サイズ感とかさ」
「そうだな。じゃ、次はこれ──」
ディランが次に目をつけたのは、まさかの「クイーンサイズ」ベッド。
「大きすぎない?!」
「いや、俺が寝相悪いってバレたし、これくらい必要かと」
「……それ、“寝相”じゃなくて“侵略”じゃない?」
リュカがぽつりと呟く。
「あ、こっちは?ちょっとシンプルだけど、サイズは十分で、フレームも頑丈そう」
私は少し離れた場所に置かれていた、温かみのある木製ベッドを指さす。
リュカがその横に立ち、手でフレームを軽く叩いた。
「うん。しっかりしてる。これなら長く使えるし──」
「……お前、さっきから彼氏みたいな選び方してんな」
ディランが口を尖らせて言う。
「“彼氏”みたいじゃなくて、彼氏だよ」
リュカはごく自然に言って、さらっと私の手を取った。
「……っ」
私は顔が一気に熱くなるのを感じて、思わず手を引こうとしたけど──
リュカはそれを許してくれず、ほんの少しだけ指に力をこめて握り返してきた。
「……くそ、甘々モードか……」
「嫉妬かい?」
「監視だって言ったろ」
でも、そのときだった。
「……ん?なんだ? このベッド……意外といいな」
ディランが、ちょっと外れた場所にあったセミダブルのシンプルなベッドに腰かけた。
「フレーム低めで、広さもまずまず。シーツの感じも悪くない……」
「珍しく、ちゃんと考えてる」
「おい、“珍しく”言うなよ。これにするわ。
なんか──“この家で俺が眠る場所”って感じがするしな」
私とリュカは顔を見合わせて、ふっと笑った。
「あたたかい感じ、するよね。ここで寝たら、ちゃんと一員って感じ」
「……まぁ、最初からそのつもりだったけどな?」
ディランが冗談めかしてウインクする。
「ベッドだけじゃなくて、ちゃんと“居場所”を選んでるんだね」
私が言うと、ディランはちょっとだけ目を細めて、静かに頷いた。
『夕暮れの帰り道』
──新しい“日常”が静かに始まる
家具屋を出た頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
街のざわめきが少しずつ落ち着いてきて、アスファルトに伸びる三人の影が、長くゆるやかに揺れている。
「……ふぅ。なんか、ベッドひとつ買っただけなのに、冒険してきた気分」
私はそう言いながら、袋に入れた細々した寝具を持って歩いていた。
「ハナ、疲れたか?」
リュカがふと私の歩幅に合わせて並び、袋をひょいと奪って持ってしまった。
「ううん、疲れてはないけど……なんか、ほんとにちょっと旅してきた気分だったの」
「それだけ、選ぶのに時間かかったからな」
ディランが後ろから手をポケットに入れてついてきて、ふっと笑う。
「でもま、俺の寝床がようやく“正式採用”されたってわけだ。
これでソファの呪縛から解き放たれるな──あ、でも意外と名残惜しいかもな、あのソファ」
「落ちたくせに、よく言うよ」
私は肩をすくめて笑う。
「ていうか、ディラン……今日、ちょっと真面目に見えたかも」
「お、それは褒め言葉として受け取っていいか?」
「まぁ、50点くらいで」
「辛口だな〜。でも、それくらいがちょうどいいのかもな」
ディランは目を細め、空を見上げた。
「……あの家に来てからさ、なんか妙に落ち着くんだよ。
俺、こう見えて、どこかに“帰る場所”ってのがなかったからさ。
あんまり実感なかったけど──今日、ベッドを選びながら、
“ああ、ここがしばらく俺の居場所なんだな”って……そう思った」
「……ディラン……」
私は思わず彼の横顔を見つめた。
いつもの軽口とは違って、そこには、少しだけ素直な“彼”がいた。
「リュカも、そう思ってくれてる?」
私の問いに、リュカは一瞬目を伏せて、それからまっすぐに私を見る。
「……もちろん。
でも僕は最初から“君の隣が僕の場所”だって思ってたよ」
不意に心臓が跳ねる音が聞こえたような気がした。
夕焼けの色に、リュカの銀髪が優しく染まっている。
「……っ、もう、ずるい」
私は慌てて前を向き、顔を逸らした。
なのに、その耳が赤く染まっているのを、ディランもリュカもきっと見逃していなかった。
「……おいおい、お熱いねぇ。
俺もそのくらい言ってみようかな。
“君の心が、俺の帰る場所”──なーんて?」
「やめて、鳥肌立つから!」
そんな他愛ないやりとりを交わしながら、三人で歩く帰り道。
どこか心地よく、あたたかくて──
それはまるで、新しい日常の始まりを告げる、静かな序章だった。