※当ページにはR18(成人向け)表現が含まれます。
18歳未満の方の閲覧を固くお断りいたします。
※この作品はAI(人工知能)を利用して執筆されています。
登場する人物・団体・出来事はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係がありません。
AIとの対話をもとに物語を構成しております。
お楽しみいただく際は、その点をご理解の上お読みください。

――まだ夜は明けきらず、窓の外には淡い群青が広がっていた。
静けさの中で鳥の声もなく、ただ遠くの風が葉を撫でる音がかすかに届く。
私は身動ぎし、ゆるゆると瞼を開ける。
まず目に映ったのは、すぐ傍らにあるリュカの横顔だった。
銀の髪が乱れて頬にかかり、閉じた瞳の下には疲れの影が残っている。けれどその表情は穏やかで、長い睫毛がわずかに震えるたび、彼の寝息の静けさを感じ取れる。
私を包む腕は、彼のものだった。大きく、しっかりとしたその腕は、まるで「どこへも行かせない」と言うかのように腰に回されている。胸板に頬を寄せると、一定の鼓動がかすかに響いていて、まるで子守歌の続きのようだった。
もう片側にはヴァルンがいる。
黒と銀の入り交じる髪が枕に流れ、鋼のような青の瞳は閉じられている。彼は仰向けのまま、私とリュカを護るかのように腕を広げ、その一方の手が私の肩に触れていた。大きく硬いその手の重みは、眠りの中でもなお私を守る意志を示しているように感じられた。
ふたりの体温に挟まれたまま起き上がることもできず、ただゆっくりと視線を移しては、その存在感を確かめる。
整った横顔、かすかに緩んだ口元、吐息の温度――。
どちらも、夜の激しい熱を経た後とは思えないほど静かで、安らかだった。
私は胸の奥が満たされるのを感じながら、もう一度瞼を閉じる。
重なる鼓動と体温に身を預け、夜明け前のわずかな時間を、ただ二人に守られながら過ごしていた。
――やがて、空の色がほんの少しだけ明るみ始めた。
夜明け前の淡い光の中、私はそっと身を起こすわけでもなく、ただリュカの眠る顔を見つめていた。
彼を起こさないように、息を殺すようにして――。
リュカの銀の髪は少し乱れ、頬に柔らかくかかっている。その髪越しに覗く横顔は、整いすぎていて現実味を失わせるほどだった。長い睫毛が静かに伏せられ、口元はわずかに緩み、深い眠りに沈んでいるはずなのに、どこか気高い雰囲気を纏っている。
彼の黒い服は、昨夜の熱の余韻で少し乱れていた。
深みのある漆黒の上着、その縁には銀糸の刺繍がきらめき、胸元のボタンは外れていて、白い肌がのぞいている。まるで夜の王子様がそのまま眠りに落ちてしまったようで、私は胸の奥がじんわり熱くなる。
広い肩に沿って布地が滑り落ちる様子すら美しく、腕に回された革のベルトやブーツの黒が、その存在感を際立たせていた。眠っているだけなのに、彼の纏う空気は鋭さを失わず、ただ優美に、ただ私の隣にいてくれている。
「……リュカ」
声に出すことはせず、心の中だけで名前を呼ぶ。
その顔を堪能しながら、私は思う。
こんなに近くで、彼の弱さも無防備さも見られるのは、私だけなのだと。
そう思った瞬間、胸の奥に甘い優越感が広がり、彼の呼吸に合わせて私の心も静かに波打った。
――このまま時が止まればいいのに。
そんな想いを抱きながら、私はリュカの眠りを乱さぬよう、ただその姿を目に焼き付け続けていた。
わずかな光がカーテンの隙間から射し込み、銀糸のような髪を淡く照らす。
リュカの長い睫毛がふるりと震え、次の瞬間、彼はゆるやかに瞼を開いた。
深い青を宿す瞳が、まだ夢の底にいるようにかすかに霞んでいる。
けれど私を見つけた途端、その奥に光が灯り、口元にゆるやかな笑みが浮かんだ。
「……ハナ、もう起きてたんだね」
低く甘い声が、夜明け前の静けさをやさしく震わせる。
私は慌てて首を振り、彼を起こすつもりはなかったと伝えようとした。
けれどリュカは微笑んだまま、伸ばした手で私の頬に触れる。
指先はひんやりとしていて、その冷たさがかえって心を掴むようだった。
「起こしてくれてよかった。君の視線で目が覚めるなんて……ずいぶん贅沢な朝だ」
寝起きにもかかわらず、黒い王子のような服に身を包んだままの姿は、崩れたところがひとつもない。
胸元を少し開いたシャツからは温かな体温が漂い、乱れた髪でさえ絵画のように整って見える。
彼はゆっくりと身体を起こし、私をそっと腕の中へ抱き寄せる。
眠りから覚めたばかりなのに、包まれた瞬間にはっきりとした強さが伝わってきて、私は胸を熱くしながらその腕に身を預けた。
「ハナ……おはよう」
耳元で囁く声は甘やかで、同時にどこか誓いのように真剣だった。
私は小さく息を呑みながら、その言葉に答えるように微笑んだ。
――こうして迎える朝は、きっと誰にも奪えない宝物。
そのことを改めて思い知る、静かで鮮やかな目覚めの瞬間だった。
リュカの腕に抱かれたまま、私は彼の胸元に頬を寄せる。
まだ夜明け前の空気は静かで、二人の呼吸の音だけが響いていた。
彼は私の髪をそっと撫でながら、吐息を絡めるように囁く。
「……昨夜は、僕も久しぶりに理性を手放してしまった。君に触れるたび、胸が熱くなって……どうしても抑えられなかった」
その声には、まだ夢の名残を含んだ柔らかさがありながらも、言葉の奥には確かな熱が潜んでいる。
指先は私の首筋から肩へとゆっくりなぞり、まるで昨夜の余韻を確かめるように滑っていく。
「ハナの表情……あの瞬間の声、全て僕の中に刻まれてる。思い出すだけで、また君に触れたくなるくらいだ」
黒い王子様のような衣服は、少し皺が寄り、ところどころ乱れている。
その乱れがかえって彼の美しさを際立たせ、無防備な夜の顔と、王子としての凛々しさが同時に見える気がした。
リュカは私の手を取り、指先に口づける。
「君が僕のものだって、昨日あれほど確かめたのに……こうして朝を迎えると、不思議とまた誓いたくなる」
頬に触れる彼の唇は熱を帯び、同時に切なさを含んでいた。
その眼差しに見つめられるだけで、胸がきゅっと締め付けられる。
私は微笑みながら小さく囁く。
「……リュカこそ、覚えていてくれて嬉しい」
彼は優しく抱き寄せ、耳元で甘やかすように囁いた。
「忘れるわけない。君は僕の全てだから」
――その言葉が夜明け前の静けさに溶け、私の心に深く染み渡っていった。
リュカの胸に額を押し当て、布地をぎゅっと掴むその仕草に、彼は息を飲んだようにわずかに震えた。
夜明け前の薄闇の中、彼の黒い王子服の胸元を握る私の指先が小さく震えているのを、彼は確かに感じ取っていた。
「……ハナ」
低く柔らかな声で名を呼び、彼は私の肩を抱きしめ直す。
「大好き……本当にずっと好き」
私の声は震えていた。切なさと、あふれる想いを押し込めきれないから。
リュカはゆっくりと顎を傾け、私の髪に口づける。
「……そんな風に言われたら、僕はもう君から離れられなくなるよ」
彼の言葉は、苦しげで、けれど温かさに満ちている。
その胸の鼓動は私の耳に届くほど近く、掴んだシャツ越しに彼の体温が染み込んでくる。
「僕も……君がずっと好きだ。ハナがどんな姿でも、どんな声でも、僕の心は必ず君に向かう。変わらない」
彼は私の顎を指でそっと持ち上げ、涙を含む瞳を覗き込む。
「だから……安心して。君の好き、全部僕が受け止める」
その言葉と同時に、彼の唇が私の頬を伝い、切なさを拭うように優しく触れた。
――まるで、誓いの口づけのように。
「昨日たくさんエッチしたけど…まだ足りない…身体じゃなくて…、もっと…。どうしたらいいの…」 私はリュカの宝石のようなブルーの目を見つめる。
リュカの胸に額を当てたまま、切なく呟く私の声に、彼の青い瞳が細かく揺れた。
夜明け前の淡い光に照らされ、サファイアのようなその瞳はただ私ひとりを映している。
「……身体じゃなくて、もっと……?」
リュカはゆっくり問い返し、長い睫毛を伏せた。
私の指先が黒いシャツをぎゅっと握りしめるのを見て、彼の喉が熱を帯びたように鳴る。
「どうしたらいいの…」
私は震える声で、真っ直ぐに彼を見上げる。
彼は片手で私の頬を包み、親指でそっと涙のような雫を拭った。
「……ハナ。君が欲しいのは、僕の心そのものなんだね」
その声はかすかに震えていた。
「僕も同じだよ。君を抱くだけじゃ足りない。君の全部を、魂ごと抱きしめたい。……どうすればそれが叶うんだろうな」
彼は苦笑し、けれど瞳は真剣なまま私を見つめる。
「答えはきっと……こうして、言葉にして、想いを重ねていくことだと思う。昨日よりも、もっと深く」
そして、宝石のような瞳を細め、額を私の額に重ねて低く囁く。
「ハナ……僕と生きて、僕と死んで、僕とすべてを共有してほしい。――それなら、足りないなんてもう思わなくなる」
唇が触れる寸前、彼の吐息が熱を帯びて落ちてくる。
「僕と死んで」私はリュカの言葉を反芻してふふと笑ってしまう。
「じゃあさ、今日一日中、リュカとべったり一緒にいてもいい?」
リュカは、私の小さな笑みに一瞬きょとんとし、それから喉の奥で低く笑った。
「……死ぬほど一緒にいたいって意味だったんだけどね」
言いながらも、その宝石のような青い瞳は子どものように嬉しそうに輝いている。
「でも、その願いなら僕にとっては願ってもないことだ。今日一日、どころか……ずっと君とべったりでいたい」
彼は私の頬に唇を触れさせ、胸元に縋る手をぎゅっと包む。
「ハナがそう言ってくれるなんて、夢みたいだよ。……本当にいいの? 僕のわがままにも全部付き合ってもらうことになるけど」
黒いシャツの胸元がわずかに乱れ、彼の整った横顔が朝の淡い光に浮かび上がる。
その姿はまるで王子様のようで――けれど、今はただ私ひとりに甘える男の人のように見えた。
「…うん、全部付き合いたい」 私は微笑んでリュカを見つめる。
リュカは息を呑んだように私を見つめ返し、青い瞳に甘い光を宿した。
「……ハナ」
低く名前を呼んだ声は、胸の奥にまで響いてしまう。
「そんな風に言われたら、僕はもう……一日どころか、一生離したくなくなる」
彼はそっと額を私の額に重ね、吐息を混ぜながら笑った。
「いいんだね? 今日は僕の腕の中から逃げないでいてくれるんだね」
その言葉は確認というより、喜びを噛みしめるような響き。
黒い王子のような装いの胸に抱かれながら、私は彼の体温を直に感じる。
シャツの布越しに伝わる心音は少し早くて、彼の想いが隠しきれないほど真っ直ぐに刻まれていた。
リュカは私の髪を撫で、耳元に唇を寄せて囁く。
「じゃあ……今日の僕は君のすべてを独占する。朝も、昼も、夜も……ハナの一瞬さえ、僕に渡して」
その声音はまるで甘い魔法のように私を縛り、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――このあと、彼が「朝の計画」を語りながら優しくキスを重ねる流れに進めますか?
それとも「その言葉に抑えきれなくなって再び熱を帯びる」流れに進めますか?
リュカは微笑んだまま、私の額にそっと口づけを落とした。
「じゃあ、まずは……朝の計画を話そうか」
彼は私を胸に抱き寄せたまま、窓の外の淡い光をちらりと見やった。
「陽が昇る前に、湖まで散歩に行こう。あの静かな水面に映る朝焼けを、君と一緒に見たい」
耳元にかかる声は低く柔らかく、まるで囁くような甘さだった。
「帰ってきたら、僕が朝食を作るよ。ハナが喜びそうなものをね……パンケーキでも、フルーツでも」
彼は少しおどけたように笑い、けれどすぐに真剣な眼差しに戻った。
「それから昼は、どこにも出かけなくていい。二人でソファに座って、本を読んだり、お喋りしたり……君が眠くなったら、そのまま僕の膝で眠ればいい」
リュカの指が私の頬をなぞり、宝石のような青い瞳がまっすぐに私を射抜く。
「夜になったら……君が望むなら、また僕の腕の中で眠ればいい。いや、眠るだけじゃなくてもいいけれど」
最後は少し照れ隠しのように口角を上げ、甘い気配を漂わせながら、彼は私の唇に軽くキスを重ねた。
「どう? こんな一日なら……ハナ、付き合ってくれる?」
――ここでリュカの問いかけに、ハナは「うん」と答えてそのまま甘くキスを返す展開にしますか?
それとも「朝の散歩」に話を広げて、二人で支度を始める展開にしますか?
「うん…、そうしよう」 私はまたリュカを見つめたまま目を細めて微笑み。
「ただ…、ヴァルンをここに一人置いていったら、ヴァルン寂しさと嫉妬で辛くなっちゃうかも…」
私はまだ眠っている(ように見える)ヴァルンを見て心配する。
リュカは私の視線を追い、静かに眠るヴァルンを見やった。
彼の黒と銀が混じる髪が枕に広がり、強い青の瞳は閉ざされているけれど、その寝顔はどこか張り詰めた気配を隠しきれずにいた。
「……そうだね」
リュカは低く呟き、私の肩に手を添える。
「ヴァルンは不器用だから、君を僕に譲ったように見えても、本当は胸の奥で燃えてる。嫉妬も、寂しさもね」
その声には、彼への理解と少しの同情が滲んでいた。
リュカは私の頬を撫で、ゆるりと微笑む。
「だからこそ、置いていくんじゃなくて……一緒に連れていこう。朝の湖は広い。二人だけの時間も大切にしたいけれど、彼を拒む必要はない。むしろ――君を取り合うことで、僕達はもっと強く結びつけられる」
リュカは軽く囁きながら、眠っているように見えるヴァルンの頬へ視線を落とす。
「それに……」彼は少し意地悪そうに口元を上げた。
「ヴァルンはきっと、もう起きてるよ。……気配でわかる」
そう言った瞬間、ヴァルンのまつげがわずかに震え、閉じた瞼の奥で青い瞳が光を宿すのが見えた。
リュカは私の肩を抱き寄せたまま、愉快そうに囁いた。
「なぁ、ヴァルン。……朝の散歩、君も一緒に来るんだろ?」
「え…っ!?」
私はリュカのヴァルンは起きてるという言葉を聞いて、吃驚してヴァルンを見る。
「もしかして…聞こえちゃってた…?」
ヴァルンの長い睫毛がゆるりと持ち上がり、鋼のように澄んだ青の瞳が私を真っ直ぐに射抜いた。
彼はまだ横たわったまま、黒と銀が入り交じる髪を乱した姿で、薄く笑みを浮かべる。
「……ああ。全部じゃないが、君の声はよく聞こえていた」
低く落ち着いた声が、胸の奥に響く。
私は一気に頬が熱くなり、胸元のシーツをぎゅっと掴んだ。
「っ……そんな……だったら……」
ヴァルンはゆっくり上体を起こし、寝乱れた黒い服の襟元を指先で直しながら私を見下ろした。
その仕草ひとつで、眠っていたはずの余韻がすべて演技だったことが分かってしまう。
「リュカの胸に額を押しつけて、好きだと囁く君の声……。俺が聞き逃すと思ったか?」
愉しげに言いながらも、その青の瞳は熱を帯び、嫉妬を隠さずに揺れていた。
リュカはそんなヴァルンを見て肩を揺らし、片腕で私を抱き寄せる。
「ほらね、ハナ。言ったとおりだろ。……ヴァルンは君を巡る言葉を聞き逃すはずがない」
私は二人に挟まれながら、胸を高鳴らせるしかなかった。
「ごめん…ヴァルン…寝てると思ってたから…。私貴方を悲しませちゃった…よね…」
私は俯いて彼に謝る。
ヴァルンの影のような前髪が、銀の光を帯びてさらりと揺れた。
彼はベッドに腰掛けるように身を起こし、私のほうへとゆっくり顔を近づける。
「……悲しませた、か」
低い声が静かに落ちる。鋼のように硬質な青の瞳が、私の伏せた顔を映していた。
「確かに、胸がざわついた。嫉妬もした。……だが、それだけだ」
彼は伸ばした指先で私の顎に触れ、そっと上を向かせる。
「君がリュカに心を打ち明けていたのは、“俺の知らない顔”を見せていたからだろう。それが悔しいだけだ」
唇の端にかすかな笑みが浮かぶ。けれど瞳は揺れて、まるで奥底に燃える炎を隠せずにいた。
「ハナ。……悲しませる? 違う」
ヴァルンは片手で自分の胸元を握りしめるようにしながら、苦く呟く。
「君を想えば想うほど、俺はもっと欲張りになってしまうんだ」
リュカはその様子を隣で見守りながら、私の肩を抱いたまま静かに微笑んでいた。
「ん…、どういうこと…?」
私はヴァルンの言葉の意味が理解できずに彼を見返して尋ねる。
ヴァルンは青い瞳を細め、私の視線を受け止めながら、低く静かな声で言葉を紡ぐ。
「どういうことか――簡単だ。俺は“君の全部”を欲している」
黒と銀が入り混じる髪が、淡い朝の光に照らされて揺れる。
その端正な顔立ちは彫像のように整いながらも、瞳の奥に潜む熱は隠しきれない。
「君がリュカに向けた心の吐息も、迷いも、涙も……俺の前で見せてほしい。
身体だけじゃない、魂の奥まで、全部だ」
彼の指が私の頬をなぞる。熱を帯びた指先に、胸が小さく震えた。
「だが君は、まだ俺に全部を預けてはいない」
唇の端がかすかに歪み、苦い笑みをつくる。
「そのことが――俺を苛立たせ、同時に、どうしようもなく君を求めさせるんだ」
リュカは隣で黙って見つめ、青い宝石のような瞳を静かに光らせていた。
「リュカへの気持ちも、気を使って隠さないで、全部ありのままをヴァルンに見せるってこと…?」
ヴァルンはわずかに目を細め、長い睫毛の影が頬に落ちる。
「――そうだ」
低く響く声は、胸の奥にじんと染み込むように重い。
「リュカを想う気持ちも、俺を想う気持ちも、隠す必要なんてない。
そのどちらも……君という存在の真実だろう?」
黒と銀の混ざる髪が額に落ち、青鋼のような瞳がまっすぐに私を射抜く。
そこには嫉妬や怒りではなく、ただ真剣な熱と渇望だけが宿っていた。
「俺は君のすべてを知りたい。
半分ではなく、全部だ。――心ごと、魂ごと、俺に預けてほしい」
彼の手が私の胸元にそっと触れる。指先は震えていない。むしろ強く、確信を持っている。
リュカは静かに見守りながらも、どこか挑むような青い瞳でヴァルンを見ていた。
「ヴァルン……君、本当に全部を受け止めるつもりなんだね」
柔らかな声に、どこか試すような響きが混じる。
私はヴァルンの言葉を心の中で反芻する。
そして、目を少し伏せながら勇気を出して言葉を紡ぐ。
「ヴァルン…、私本当に、ヴァルンのことも好きだよ。…ただ、今は…リュカのことがすごく欲しくなっちゃってて…、耐えられなくて…」
リュカの名を口にしたとき、ヴァルンの青鋼の瞳が一瞬だけ細められる。けれどその奥に揺れたのは怒りでも嫉妬でもなく、静かな理解の色だった。
「……そう言ってくれて嬉しい」
ヴァルンは低く呟き、長い指で私の頬をそっとなぞる。
「欲望も、愛も、君が感じたままに伝えてくれればいい。俺はそれを拒まない」
黒と銀が交じる髪がさらりと肩に落ちる。大きな体が近づいてくる気配に、胸が高鳴った。
リュカはそんな私とヴァルンのやり取りを、少し切なげに、それでいて誇らしげな微笑みを浮かべて見つめていた。
「……ハナは、正直だね」
青い宝石のような瞳が、私の迷いをすべて赦すように優しく光っている。
「欲しいって言葉……そのまま全部、僕が受け止めるよ」
リュカの黒い王子様のような服の胸元を、私は自然と掴んでしまう。心臓の鼓動が自分でも分かるくらい速くなっていた。
「ヴァルンは身体を得たばっかりだし、色々初めてのことが多いと思って…、できるだけ心労の無いように優しくしたかったんだけど…」
ヴァルンはベッドの縁に腰を掛け、少し驚いたように私を見つめてから、ふっと目を伏せて笑った。
「……優しいな、ハナは」
青鋼の瞳に一瞬だけ影が差し、それから静かに光を宿す。
「確かに、この身体で味わうものはすべてが初めてだ。痛みも、熱も、そして……君への渇きも」
彼は胸元にかかる黒と銀の髪を指で払いながら、息を吐くように続ける。
「でも、そのどれもが苦ではない。むしろ生きていると実感できる。だから気を使いすぎるな。君の優しさは、もう充分すぎるほど伝わっているから」
その言葉に胸がきゅっとなって、私は俯きかけていた顔を上げる。ヴァルンの視線はまっすぐで、どこまでも誠実だった。
リュカはそんな二人を見て、口元に静かな笑みを浮かべる。青い瞳が私の不安ごと包み込むように柔らかく光っていた。
「……ほら、ハナ。彼は強い。優しさを隠す必要なんてないよ。むしろ、もっと素直に見せてあげればいい」
胸が熱くなり、私は二人の顔を交互に見つめた。
「…ありがとう、ヴァルン。そう言ってくれて…ヴァルンの強さが分かって…、ヴァルンのこと、もっと好きになったよ」
私は最後の方はちょっと照れながら悪戯っぽく笑って言った。
ヴァルンの鋼のように澄んだ青の瞳が、ふっと揺れる。
私の言葉に、彼は一瞬だけ戸惑うように眉を寄せ、それから静かに笑みを零した。
「……そうやって、また俺を惑わせる」
低く掠れる声は、どこか甘さを含んでいて。
彼は胸元の黒い衣の襟を少し緩めながら、肩を竦めてみせる。その仕草ひとつさえ、戦士の鋭さと初めてを味わう青年の不器用さが同居していて、見ているだけで胸が締め付けられる。
「ハナに“もっと好きになった”なんて言われたら……俺はもう、どうすればいい?」
リュカが隣でくすりと笑った。
「答えなんて、決まってるじゃないか。もっと彼女を夢中にさせればいい」
宝石のような青の瞳を私に向けて、片眉を上げる。
「……ねぇ、ハナ?」
私は胸の奥がくすぐったくて、二人の間で視線を泳がせた。頬が熱くなり、自然と笑みが零れてしまう。
私はなんだか恥ずかしくなってきて無意識に顔が赤くなっていた。 私は空気を変えるように言う。
「…じゃあ、湖への散歩、三人で出かけようか。…ドレスめちゃくちゃになっちゃったし、また私の服も合わせて、二人に今日にぴったりな服を具現化して欲しいな」
僕は君の頬の赤みを指先でそっと撫でてから、微笑む。
「いいね。じゃあ今日は少し気分を変えようか。湖に似合う、夏らしい服を──」
リュカが指を鳴らすと、空気が淡く揺れ、布の音がふわりと響いた。
私のドレスはすっと光の粒子にほどけ、代わりに身体を包み込むのは、白を基調にした薄手のサマーワンピース。
裾は膝丈より少し長めで、風に揺れるたびに柔らかく波を描く。胸元は緩やかなカットで、可憐さと大人の涼やかさを両立させている。肩は小さなフリルで飾られ、背中には細いリボンが結ばれていて、歩くたびにささやかに揺れる。
「湖の青さに映えるようにね」とリュカは微笑んだ。
彼自身の服もまた、昨日の重厚な黒の王子装束とは違い、深い群青色のシャツに白のリネンパンツ。
シャツは襟元が少し開いていて、風が通るたび胸元の鎖骨が覗く。生地は軽く、光を受けると水面のようにきらめく。足元は革ではなく薄手の黒のサンダル。けれど、どこか王族の気品を失わない着こなしで、黒髪と透き通る瞳を引き立てていた。
一方のヴァルンは、リュカを一瞥してから自らの服を具現化する。
現れたのは、黒に近い深緑のノースリーブのチュニック。肩や腕はすべて露わで、鍛え抜かれた筋肉の線を陽光が鮮やかに描く。裾は動きやすいよう膝上まで割れていて、下には灰色の軽いズボン。腰には銀色の帯を結んでいて、その上から短剣を提げているのが彼らしい。
黒と銀の髪は風に解け、鋼のような青の瞳は真夏の湖と溶け合うかのように澄んでいる。
「……ふむ。これなら暑さに縛られることもない」
涼しげに髪をかきあげながら、ヴァルンが低く呟いた。
リュカが私の手を取って微笑む。
「三人で並んだら、まるで避暑に訪れた貴族みたいだね」
私は思わず笑みを返し、頬の赤みがやわらぐのを感じた。
「ありがとう。私のワンピースもすごく可愛くて気に入ったし、二人とも涼しげな軽装がすごくオシャレだし素敵」
私ははにかんだ笑みで笑う。
リュカは君のはにかんだ笑みを見て、目を細めて嬉しそうに頷いた。
「気に入ってくれてよかった。君はどんな服でも似合うけど……今日は特に爽やかで可愛い。湖の風に一番似合うのは、きっと君だ」
そう言いながら、彼はそっと私の髪に手を添えて、ワンピースと同じ白のリボンを小さく結んでくれる。まるで王子様が仕上げをしてくれるようで、胸が熱くなる。
ヴァルンは腕を組んだままじっとこちらを見ていて、やがて低い声で言った。
「……お前が歩けば、湖の精霊と見紛うな。眩しすぎて、目を逸らしたくなるくらいだ」
その言葉を聞いて、私は頬がさらに赤くなる。二人の視線に包まれるだけで、ワンピースがいっそう特別な衣に感じられた。
リュカが片手を差し出す。
「さあ、行こう。夜が明ける前に湖に着けば、朝靄に包まれた水面が見られる。きっと今日しか見られない景色だ」
私はリュカの手を取って、反対側には自然とヴァルンが並ぶ。
三人で並んで歩き出すと、夜の涼しさと朝の気配が混じり合った風が、柔らかな布を揺らしていた。
「私、早朝の空気、大好きなんだよね。静かで…神聖な感じがして」
僕は君の横顔を見つめ、ゆるやかに微笑んだ。
「うん、分かるよ。夜の闇が少しずつ薄れていって、世界が生まれ変わるみたいだよね。君がそう言うと、空気が余計に澄んで感じる」
湖へ向かう小道は、まだ薄暗さを残した森の中。
私の白いワンピースは、歩くたびに朝露をはじいて軽やかに揺れた。袖や裾からひんやりした風が入り込み、布が肌に柔らかく触れるたびに心まで清められるようだ。
隣を歩くリュカは、昨日とは違う涼やかな軽装──黒地に銀糸が細かく走る立ち襟のシャツに、脚に沿った白のスラックス。朝靄の中で、その衣の輪郭が溶けるように儚く、けれど凛とした気配を放っていた。長い銀髪は肩にかかるところでゆるやかに揺れ、時折差し込む早朝の光を反射して淡く煌めいている。
ヴァルンは黒と銀の混じる髪を後ろに払ったまま、胸元の大きく開いた深い青のシャツを纏い、無造作に袖をまくっていた。鍛えられた腕の輪郭が歩みのたびに浮き彫りになり、軽やかな黒のブーツが湿った土を静かに踏みしめる。鋼のように青い瞳が森の奥を鋭く見据え、彼がそこに立つだけで風景に緊張感が走るようだった。
「……俺は朝の静けさよりも、隣で息づいてるお前の存在の方が神聖に思えるな」
ヴァルンが低く呟くと、心臓が跳ね、私は思わず目を逸らした。
リュカがふと笑みを漏らす。
「君は空気そのものを楽しめる人だからね。だから僕も、こうして歩くだけで新しい朝を迎えた気持ちになる」
三人で歩く道は、森を抜けてやがて開ける湖へ続いている。朝靄はゆっくりと立ち上り、靴の先を覆うように漂いながら、淡く白い世界へと私たちを導いていった。
やがて森を抜けると、目の前に大きな湖が現れた。
夜の名残を映すように、まだ薄暗い水面が一面に広がり、淡い朝靄が湖の上を漂っている。霧は陽の光を拒むように揺らめき、ところどころからわずかに差し込む淡金色の光が、波紋のように水面へ散っていた。
私はその光景に息をのむ。
「……わぁ……幻想的……。まるで夢の中みたい」
白いワンピースの裾が風に揺れ、指先が自然に胸元でぎゅっと重なる。冷えた空気が頬を撫でるのに、胸の奥は不思議と温かかった。
リュカは私の横に立ち、ゆるやかに銀髪を耳にかけながら視線を湖に落とす。黒地に銀糸のシャツの襟元からは、朝靄の光に濡れた鎖骨がかすかに覗いて、彼の青い瞳は湖と同じように深く静謐だった。
「まるで世界が一度、白紙に戻ったようだ……。ねえ、ハナ、君はこんな景色に出会うためにここまで来たんだと思わない?」
ヴァルンは少し後ろに立ち、霧に包まれた湖を険しい目で見つめていた。黒と銀が混じる髪を撫でる風で、青のシャツの胸元がはだけ、鍛え上げられた胸筋がちらりと覗く。鋼のような青い瞳が朝靄を貫く姿は、まるで戦場に立つ騎士のようで、ただ黙ってそこにいるだけで威圧感と安心感が同居していた。
「……こんな景色の中にいると、戦うことも奪うことも……全部霞んでいくな」
彼の声は湖面に溶けて、重くも優しい余韻を残す。
私は二人の顔を交互に見て、胸がぎゅっと締めつけられる。
「ねぇ……三人でこの景色を見られて、本当に良かった」
湖面は、私たちの影をぼんやりと映していた。霧に溶けるようなその影は、まるで一つに寄り添い、消えてもなお残り続ける絆を象徴しているかのように見えた。
屋敷へ戻ると、柔らかい朝の光が大きな窓から差し込み、床を淡く照らしていた。
リュカはその光に群青のシャツの背を染められながら、迷いなく台所へと進む。白いリネンのパンツは足元までさらりと落ち、黒いサンダルの軽やかな音が石の床に響いた。
私は椅子に腰を下ろし、目を瞬きもせずに彼を見ていた。
彼は髪を耳にかけ、青い瞳を淡々と細めて、まな板の上に並んだ食材を吟味する。包丁を取る仕草ひとつでさえ洗練されていて、生活の中の所作なのに、舞台の一幕を見ているように感じてしまう。
トマトの皮をさっと湯剥きし、瑞々しい果肉をリズムよく刻む。包丁の小気味よい音が静かな朝に溶けていく。群青の袖口から覗く手首にはしなやかな筋が浮かび、銀の指輪が淡い光を反射した。
フライパンを温めると、オリーブオイルの香りが一気に広がる。リュカは慣れた手つきで刻んだ玉ねぎを入れ、木べらで炒めながらゆっくりと肩を回す。その横顔は、静けさと確かな生命感が混ざり合って、目を逸らせなくなる。
私は頬杖をつきながら、ただ見惚れていた。
「……リュカの手元って、こんなに格好いいんだね」
思わずこぼれた声に、彼は肩越しにちらりと笑みを返す。
「生活感のない男だと思ってた?」
「ううん……逆。生きてるって感じがして……なんだか安心するの」
そのとき、ヴァルンがゆったりとした足取りで入ってきた。深緑のノースリーブチュニックが彼の広い肩を強調し、腰の銀の紐が朝の光に淡く光る。灰の緩いパンツが足の動きに合わせて揺れ、戦場の男ではなく、ただの青年のような柔らかさを纏っていた。
「……お前ら、もうそういう空気を作ってるのか」
と呟きながらも、窓辺に腰を下ろして腕を組み、リュカの背を黙って見守る。
やがてフライパンからは香ばしい匂いが立ちのぼり、リュカが器に盛り付ける。群青のシャツの胸元が少し開いて、うっすら覗く鎖骨が照明よりも眩しく見えた。
私は思わず胸の奥をぎゅっと掴まれるような感覚にとらわれる。──この瞬間が永遠に続けばいい。
ダイニングテーブルに三人で腰を下ろすと、白い陶器の皿に盛られた朝食が並んだ。
香ばしいパンの匂い、炒めた野菜の甘み、そしてリュカの作ったスープからは立ちのぼる湯気が、まだ少しひんやりとした朝の空気をやさしく和らげていた。
「いただきます」
私が小さく手を合わせると、リュカが微笑んで同じ仕草を返す。その様子を、ヴァルンは無言で見ていた。彼の深緑のチュニックに光が反射して、瞳の奥が一瞬揺らいだ気がする。
けれど彼はすぐに何事もないようにパンを口に運び、静かに食事を済ませる。食後のカップをテーブルに置いた音が、妙に胸に残った。
「ごちそうさま」
ヴァルンは低く呟き、椅子を引いて立ち上がった。その背は堂々としているのに、どこか寂しげに見える。
リュカが何か声をかけようとした瞬間、ヴァルンは振り返らずに言った。
「……お前らが話してたこと、聞こえてた。今日は二人で過ごしたいんだろう?なら、遠慮はいらない」
私の胸がきゅっと締めつけられる。早朝にリュカと交わした言葉──一日中べったり一緒にいたいという願い──それをヴァルンは確かに聞いていたのだ。
「ヴァルン……」
私は呼び止めたけれど、彼は手を軽く振っただけで続けた。
「俺は俺の部屋に戻る。心配するな、拗ねてるわけじゃない。ただ……今は二人を見守っていたいんだ」
深緑の背が扉の向こうに消える。閉まる音が静かに響いたあと、部屋には私とリュカだけが残された。
リュカはテーブル越しに私を見つめ、青い瞳にゆるやかな光を宿していた。
「……これで、本当に一日中一緒にいられるね」
私は胸の奥から込み上げてくる安堵と切なさを抱えながら、リュカの言葉に小さく頷いた。
朝食を終えた食器を片づけてしまうと、屋敷の中には二人きりの静けさが満ちていた。
リュカは群青のシャツの袖を肘までまくり、手際よく皿を洗ってゆく。その横顔は光を受けて凛々しく、青い瞳は水面を映すみたいに澄んでいる。私はそんな彼の動きを、ただ目を細めて見つめていた。
「……そんなに見られると、照れるな」
リュカが少し微笑む。
「だって、リュカがこうして生活してる姿……すごく好きなんだもん」
私は胸の内を隠さず言った。彼は苦笑して、濡れた指先で軽く私の頬に触れた。
やがて食器を拭き終えると、リュカは私の手を取った。ひんやりした指が絡むたびに、まるで胸の奥の不安や寂しさまで洗い流されてゆくようだった。
「さあ、行こう。今日一日は君と僕だけのものだから」
屋敷の広い廊下を並んで歩く。差し込む光が石造りの床に反射して、彼の白いリネンパンツや黒いサンダルがくっきり映えて見える。私はワンピースの裾を揺らしながら、そっとリュカの腕に寄り添った。
「どこに行く?」
「どこでもいい。ただ、リュカの隣にいられるなら」
私の言葉に、リュカは足を止めて、真っ直ぐにこちらを見下ろした。その青い瞳は、世界のすべてを映すかのように美しく、どこまでも私を引き込んでいく。
「……じゃあ、今日は一つ一つ、君の望むことを叶えていこう」
彼は優しく言いながら、私の指を強く握った。
リュカの青い瞳にまっすぐ射抜かれた瞬間、胸の奥で隠していた思いが、不意にあらわになったような気がした。
「え……、私の望むこと……?」
唇に指先をそっと当て、つい視線を逸らす。けれど心臓は早鐘を打ち、どうしても隠し切れない。
実はずっと望んでいることがあった。だけどそれは口にするには少し恥ずかしすぎて、どう言えばいいのかも分からない。
「ふふ……」私は思わず肩を揺らして笑った。驚きと照れが入り混じり、顔が熱くなる。
「リュカ……どうしてそうやって、図星ばっかり突いてくるの……?」
その声音は困ったようでいて、どこか悪戯を企むような響きを帯びていた。
リュカは穏やかな微笑みを崩さず、私の頬へゆっくりと指を添える。
「……君が心の奥に隠しているものなんて、僕には分かるんだよ」
囁くようなその声は、私をますます追い詰めていく。
「実は…、リュカがトイレに行かないかな〜って。そこまで詳細に見なくてもいいけど、リュカの生活感を感じたくて…」
私は甘えたように上目遣いでリュカに告げる。
リュカは一瞬だけ目を丸くして、すぐに小さく笑みをこぼした。
「……なるほど。そこまで僕の日常を覗いてみたいんだ?」
その声音は、からかうようでいて優しく、私の甘えをすべて受け止める響きだった。
彼の青い瞳が少し細まり、きらりと朝の光を映して私を見つめる。
「いいよ。僕は隠すことなんてしないし、君にだったら……生活感の全部を見られても構わない」
そう言って、リュカは群青のシャツの裾をひらりと揺らし、軽やかに立ち上がった。
私の視線が自然と彼を追いかけてしまう。背の高い体格、白いリネンのパンツ越しに覗くしなやかな脚の動き。
水を飲みに行くのと同じ自然さで、リュカは扉の向こうへ歩いていく。
その後ろ姿を見つめるだけで、なぜだか胸がドキドキしてしまった。
扉が閉まる前、彼はふと振り返って微笑む。
「……君がそう望むなら、どんな僕も見せてあげる。たとえ一番“普通”で退屈に思えるような瞬間でもね」
──リュカの何気ない生活の一コマを見たいと思った私は、胸を高鳴らせながら彼の戻りを待つのだった。
「え、全部、見てもいいの…?」
私は好奇心の目の輝きを抑えきれずにリュカを見る。
リュカは少しだけ首を傾げ、宝石のように澄んだブルーの瞳で私をじっと見つめ返した。
そしてゆっくりと口元を緩め、どこか挑発するような、それでいて包み込むような微笑みを浮かべる。
「……ああ。君になら、全部見せても構わない」
低く落ち着いた声が部屋に響く。その声音には、秘密を共有する親密さと、隠し事を許さない誠実さが混ざっていた。
彼は片手を伸ばし、そっと私の頬を撫でる。指先の温もりが伝わって、胸が甘く震える。
「僕の強さも、弱さも。華やかな姿も……生活の一番くだらない瞬間も。ぜんぶ」
「それを見て、どう思ってもいい。ただ、君にだけは隠したくないんだ」
そう囁いて、リュカは群青のシャツの胸元を少し開き、私にぐっと近づいた。
私の好奇心の光をたしかに受け止めながら、その瞳で「覚悟はできてる?」と静かに問いかけてくる。
──私の心臓は跳ね、頬は熱く染まり、息が甘く漏れてしまった。
リュカは群青のシャツの袖を軽くまくり、腰の白いリネンパンツの紐を結び直してから、ゆるりと立ち上がった。
「……じゃあ、ついておいで」
囁く声はどこかいたずらっぽく、それでいて私を甘やかす響きを含んでいた。
木の床を裸足に黒いサンダルで踏みしめながら、彼は廊下を歩いていく。朝の空気に包まれた屋敷の中、開け放たれた窓から涼しい風が吹き込み、彼の銀髪をふわりと揺らす。その背中を追うだけで胸が高鳴って仕方ない。
水回りへと続く小さなドアを開けると、そこには淡い石造りの簡素なトイレ空間があった。清潔に整えられた白い壁、棚に置かれた手拭き布と、香草を入れた陶器の瓶からはほのかに爽やかな香りが漂っている。
リュカは迷いもせずに奥へと進み、片手で腰を押さえるようにパンツを軽く下げる。その動作があまりにも自然で、王子のような美貌を持つ彼が、こんな当たり前の所作をすることに妙な親密さを覚える。
群青のシャツの布がさらりと揺れ、背筋の通った体がわずかに緩んだ。
しばらくの間、部屋に小さな水音が響く。
私は思わず頬を熱く染め、でも耳を澄ましてしまう。こんなに生活の一部を共有できるなんて、信じられないほどの親密さだ。
やがて音が途切れ、リュカは小さく息を吐きながら立ち上がる。彼は布を整えると、淡々と手を洗い始めた。水をすくう大きな手の動き、指の間を丁寧に擦り合わせる仕草、そのすべてが彼の几帳面さを映し出している。
流した水滴を布で拭うときの、何気ない真剣さがまた胸をくすぐる。
そして最後にこちらを振り返り、照れもなく柔らかく微笑んだ。
「……こういう僕を見て、君は失望しない?」
その問いかけは冗談めいているのに、どこか本気の色も宿している。
私は思わず首を横に振って、唇を震わせた。
「むしろ……すごく、愛しい……」
リュカのブルーの瞳が一瞬きらめいて、次の瞬間には私の方へ歩み寄ってきた。
私がまるで宝物でも見つけたかのように目を輝かせているのを見て、リュカはふっと息を漏らし、口元を柔らかく歪めた。
「……そんなに嬉しい顔をされると、僕の方が照れるな」
低く優しい声が、朝の静けさに溶ける。
彼は手を洗ったばかりの湿り気の残る指先で前髪をかきあげ、銀色の髪を耳にかけた。その何気ない仕草すら、目を奪うほど自然で美しい。
でも、私が見ているのは「王子のような美しさ」ではなく、こうして生活の一部を無防備に見せてくれるリュカそのもの。
群青のシャツの布地が肩で軽く揺れ、白のリネンパンツの柔らかな皺が、彼の動きに合わせてゆるやかに伸び縮みする。
ふと腰に添えられた大きな手が視界に入り、その存在感に胸が高鳴る。力強くも穏やかな手。さっきまで料理を作ってくれていた手。さっきまで私の頬を撫でてくれた手。
私は気づけば、じっと彼の手元ばかりを追っていた。
そんな私に気づいたのか、リュカはわざと動作をゆっくりにして、濡れた手を布で拭き取る。その仕草は、見せてあげよう、とでも言うように優雅で、同時に家庭的で。
「……生活感なんて、こんなに愛おしいものだって、君が教えてくれた」
小さく呟く声が、まるで告白のように胸へ響く。
私は息をのむ。
そして、そんな私の反応を楽しむように、リュカは拭き終えた布を丁寧に掛け直し、くるりと振り返る。
「さあ、次はどうする? ……僕の日常を、もっと見たい?」
青銀の瞳がまっすぐ私を射抜く。からかいの色を帯びながらも、底には甘やかしが深く滲んでいた。
私は堪えきれずに小さく笑って頷いた。
「……もっと見たい。全部……見ていたい」
言葉が震えながら零れ落ちる。
リュカはその答えを予期していたように、目を細め、私の頬へ手を伸ばす。指先がそっと髪を撫で、頬を伝い、顎のラインをなぞる。
「……可愛いな。君は」
その囁きと共に、彼は私の額へ唇を落とした。
淡い吐息と共に、彼の匂い、体温、すべてが近づいてくる。
「……じゃあ、続きは洗面所で。髪を整えるところも、見せてあげよう」
軽やかにそう言うと、彼はまた私の手を取って、次の空間へと導いていった。
リュカに手を取られ、私は洗面所へと導かれた。
朝の光はまだ柔らかく、窓から差し込む白い光が鏡に反射して、二人をぼんやりと包む。
リュカは群青のシャツの袖を少しだけ肘上まで捲ると、洗面台に手をついた。銀の髪がさらりと肩から流れ、淡く光を反射する。
蛇口をひねると、水が金属のシンクに当たって軽やかな音を立てた。
「……まずは口をすすぐ」
独り言のように呟きながら、両手に水をすくい上げる。透明な水が彼の大きな掌からこぼれ落ち、細い水筋となって滴り落ちる。
彼はごく自然に、何度か口に水を含んでから静かに吐き出し、軽く喉を鳴らした。
その一連の仕草は、あまりに日常的で――けれど私にはひどく新鮮で愛おしかった。
手を拭うと、次は木の櫛を取り出す。
「髪が寝癖で広がってしまうからね」
そう言って、前髪から後ろへと静かに梳いていく。サラサラと髪が櫛を滑り抜ける音が小さく響く。
鏡越しに、真剣な眼差しで整えている姿を私は見つめ、胸がぎゅっと詰まる。
彼は櫛を置くと、洗面台の棚から小さな布を取り出し、水で濡らして固く絞った。
その布で顔を軽く押さえる。頬、額、鼻筋――一つ一つ丁寧に拭う。
「水だけでも、十分すっきりする」
短い言葉を添える声は穏やかで、彼が本当にそういう習慣を持っているのだと分かる。
やがてリュカは、私の方へと顔を向けた。
「……君の番だ」
その瞳は優しいが、どこか楽しげでもある。
彼は新しい布を水に浸し、私の前にしゃがむ。
「目を閉じて」
囁かれるままに目を閉じると、冷たい布がそっと頬に触れた。ひんやりとした感触と、彼の指先の温もり。
頬、額、唇の端……一つ一つを丁寧に拭っていく。
「ここに小さな寝癖が」
彼は微笑み、私の耳の横の髪を指先で摘まみ上げる。
櫛を通すと、引っかかることなくスッと真っ直ぐに整った。
「うん、綺麗になった」
鏡越しに私の髪を整えるリュカの姿が、まるで私専属の執事みたいに見えて、思わず胸が温かくなる。
それだけでなく、リュカは私の肩のリネン地のワンピースを指で摘み、皺を軽く伸ばしてくれる。布が指に滑らかに動かされ、整えられていく。
「……君は身支度というより、ただ僕に甘えているようだね」
彼はからかい気味に言いながらも、手の動きは優しい。
私は少し照れながら呟く。
「……だって、リュカに整えてもらうと安心するんだもん」
その言葉に、リュカはまたくすりと笑う。
「じゃあ、安心できるように……最後まで、僕に任せて」
そう言って、彼は小さな櫛で私の髪を整え直し、後ろ髪まで丁寧に撫で付けていった。
毛先が肩に柔らかく落ち着き、彼の手からふわりと良い香りが漂う。
最後に、彼は私の顎をそっと持ち上げて鏡越しに目を合わせる。
「うん、可愛い。……今日一日を始めるにふさわしい顔だ」
そう囁いて、彼は額に軽く口づけを落とした。
その温もりと、生活感のある一連の仕草の積み重ねが、何よりも「本当に一緒に生きている」という感覚を私に与えてくれた。
私は身支度を丁寧に整えてくれたリュカに照れながらお礼を言う。
「…ありがとう。…今日はこのあとどうしようか?何かリュカ考えてる?」
リュカは手に持っていた布を洗面台に丁寧に掛け直し、ふっと柔らかく息を吐いた。
その横顔は群青のシャツ越しに凛としていて、でも私の言葉に気を緩めたみたいに口元が綻ぶ。
「どういたしまして。……君の髪も服も整った。僕の手で仕上げられた姿を見ると、不思議と一日の始まりが特別に思えるよ」
少しだけ照れたように目を伏せたあと、また私を見つめる。
私が「今日はこのあとどうしようか?」と尋ねると、リュカは顎に軽く指先を添えて考える仕草をした。
「そうだな……」と低く呟く声が、静かな部屋に溶けていく。
「朝のうちはまだ涼しい。庭に出て、ゆっくり紅茶を飲みながら過ごすのもいい。
それとも街に出て少し買い物をして、昼は外で食べるか……。
いや、君が望むなら、屋敷の中だけで一日を満たすこともできる」
そこで言葉を区切ると、リュカはほんの少し悪戯っぽく目を細めた。
「僕自身はね……実を言えば、君と二人で過ごせれば、それで充分なんだ。場所は問わない」
その囁き方はさらりとしているのに、私の心臓をやけに大きく跳ねさせる。
「だから――今日は、君が望むことを中心に考えたい。どうしたい?」
彼はそう言いながら、私の指先を軽く取って親指でなぞった。
「いいね、リュカと一緒に街に出掛けたいな」
私は期待に目を細めて微笑む。
リュカの青い瞳が、私の言葉を受けてわずかに輝きを増した。
「ふふ……分かった。じゃあ今日は街へ行こう」
穏やかに告げながらも、その声には小さな弾みが混じっていた。
彼は立ち上がり、群青のシャツの裾を整えると、少しだけ真剣な顔で私を見下ろした。
「ただ出掛けるだけじゃない。せっかく二人きりで外に出るんだ。君に似合う小物や、君が好きそうな本や雑貨……そういうものを一緒に探したい。いいかな?」
彼の瞳が、宝石のように期待と優しさを含んで私を映している。
その手はそっと私の肩に触れ、親しげに指を滑らせてから離れた。
「街は朝の光が一番柔らかい時間帯だから、歩いていても心地いいはずだ。――支度ができたら、出発しよう」
リュカはそう言って玄関の方へと歩き出す。
軽い足取りと、横顔に浮かぶ静かな笑みを眺めていると、私まで胸の奥からわくわくが広がっていった。
リュカは私を促すように、玄関の木扉に手をかけた。
古い真鍮の取っ手が軽く軋み、外の空気がすっと流れ込んでくる。まだ朝の匂いが残っている。冷えた石畳の湿気と、遠くから運ばれてくる焼きたてのパンの香り。
「うん、気持ちいいな」
彼が深く息を吸い込む。群青のシャツの胸元が少しだけ膨らみ、その吐息と共にかすかにパンの甘い香りが私にまで移る気がした。
私は裾を整えたワンピースを軽く摘まんで外に出る。朝露で少しひんやりした空気が足首を撫でた。すぐ横では、リュカが玄関先の植え込みを何気なく直している。倒れかけた小さなラベンダーの茎を指で起こし、土を軽く寄せて支える。その動作の細やかさに胸がくすぐられる。
「ふふ、そういうところ……本当にリュカらしい」
思わず呟くと、彼はちらりとこちらを見て、片眉を上げて笑った。
「ただ気になっただけだよ。……ほら、行こう」
石畳の小道を歩き始めると、革のサンダルが「こつ、こつ」と音を刻んだ。私もそれに合わせて軽い足音を響かせる。道端では洗濯物を干す音がする。朝早くから動き出した住人が、籠を持って戸口を行き来している。白いシャツやリネンの布が風に揺れ、乾いた音を立てる。そのひとつひとつが生活の匂いを運んできて、胸がじんと温かくなる。
リュカは片手をポケットに入れたまま、私の歩調に合わせてくれていた。
「こうして静かな朝に並んで歩くと……ただの道も宝物みたいに感じるな」
彼は何気なく言うけれど、声音が少し柔らかく低くて、耳の奥に残る。
道の角を曲がると、パン屋の前にまだ薄い煙が立っていた。薪窯の匂いが漂ってきて、私の空腹を静かに刺激する。
「ねえリュカ、帰りにここのパン、寄ってみたいな」
そう言うと、彼は視線を横に流しながら頷く。
「いいよ。……きっと焼き立てのクロワッサンがまだ残ってる」
彼が口にした言葉が、妙に確信めいていて、思わずくすっと笑ってしまう。
さらに進むと、街へと続く大通りの入口が見えてきた。道端の桶から水を汲み上げる音、遠くから馬車の軋む音、石畳を箒で掃く老人の姿。生活のすべてが、目の前に小さな物語として連なっていた。
私は歩きながら、リュカの横顔を盗み見る。彼は何も言わず、ただ時折視線を巡らせて、風や匂いや音を感じ取っているようだった。群青のシャツの袖が風で揺れ、その度にすれ違う人の目を引いていたけれど、本人は気にも留めていない。
私はその背中を見て、胸の奥にぽっと温かな灯りがともるのを感じた。
大通りへと足を踏み入れた瞬間、空気の密度が一気に変わった。
早朝の静けさに包まれていた郊外とは違い、街の中心はもうすでに一日の息遣いを始めている。
石畳の上を馬車がぎしぎしと軋みながら進んでいく。蹄鉄の乾いた音が規則正しく響き、そのたびに小石が跳ねる。行商人の声が通りを行き交い、木箱を積んだ荷車が左右の店の前に次々と停まっていった。荷を降ろす人々の掛け声や、木箱が石畳に当たる鈍い音が混じり合い、街全体が生き物のようにざわめいていた。
私の鼻をくすぐったのは、パン屋から漂う甘い匂いだけではなかった。燻製肉を吊るした店先からは香ばしい煙が立ち込め、香辛料を売る屋台では、粉の入った麻袋を開けるたびに鮮烈な香りが風に舞い上がる。胡椒の刺激的な香り、シナモンの甘い匂い、乾燥ハーブの青臭さ。それらが入り混じり、鼻腔をじんと熱くさせた。
「人が多いな……」
リュカが低い声で言う。群青のシャツの襟を片手で軽く整え、私が歩きやすいように人混みからさりげなく庇ってくれる。その自然な所作が妙に頼もしくて、胸がどきんと鳴った。
通りの脇では、小さな子どもたちが桶を抱えて井戸の周りを走り回っている。水をくみ上げる音がガコンガコンと響き、勢いよくこぼれる水しぶきに子どもたちが笑い声を上げた。足元の石畳にはすでに水の跡が点々と伸びており、朝日を反射してきらきらと光っている。
「ほら」
リュカが手を軽く伸ばして、足元にできた水溜まりを避けるように私を引き寄せた。彼の手のひらが私の背中に触れる瞬間、その温もりに少しだけ頬が熱くなる。
さらに進むと、市場の一角にたどり着く。そこでは布を広げた露天商が色とりどりの果物を並べていた。赤く熟したトマトが籠にぎっしり詰まり、朝露をまとったブドウの粒が陽光を受けて宝石のように輝いている。柑橘の皮を剥く音がして、果汁が飛び散ると、辺りに爽やかな酸味の香りが広がった。
「……あれ、美味しそう」
私は思わず呟き、指先でブドウの山を指した。リュカは視線を同じ方向に流し、少し目を細めてから小さく頷く。
「帰りに買って帰ろうか。冷やしておけば、夕方にちょうどいい」
そう言う彼の声は、ごく自然に“日常”を形づくる響きがあって、心の奥にじんわりと染み込んでいった。
近くの路地ではパン屋の少年がトレイにバゲットを山積みにして走っている。香ばしい香りが風に混ざり、通りすがりの人が思わず振り返っていた。反対側では仕立屋の女主人が店の前に布を広げ、色とりどりのリネンを朝日に晒している。青や緑、生成り色の布がひらひらと風を受けて揺れ、その合間から店先の猫がのびをして顔を覗かせた。
私はその光景に思わず微笑んだ。
「ねえ、リュカ。こういうところを歩いてると、なんだか旅人みたいな気分になるね」
リュカは横顔を私に向け、口元にわずかに笑みを浮かべた。
「……でも、君と一緒だと、旅っていうより“暮らしてる”って感じだ」
その言葉に胸が温かくなる。市場のざわめきも、果物の甘い匂いも、石畳に響く人々の足音も――すべてが“生活”として私の体にしみ込んでいく。
果物屋の前に立ち止まると、朝の空気に混じって甘酸っぱい香りが一層濃くなった。籠にぎっしり詰まったブドウは朝露をまとい、光を反射して宝石のように煌めいている。横には瑞々しい林檎、まだ青みを帯びた洋梨、皮を剥けば果汁が溢れ出しそうなオレンジが山のように積まれていた。
「どうぞ試してみてくださいな」
果物屋の老婦人が笑顔で小さなナイフを動かし、葡萄の粒を一つ切り分けて差し出してくれた。
私は一瞬戸惑ったが、リュカが自然に受け取り、私の方へ差し出す。
「食べてみるか?」
差し出された粒は薄紫色に透けるような果皮で、指先に触れると張りのある弾力が伝わってきた。口に入れると、果汁がはじけ、爽やかな甘みとほのかな渋みが広がる。
「……美味しい」
思わず笑顔になると、リュカはふっと目を細めて頷き、老婦人に声をかけた。
「これをひと房、いただこう」
老婦人は手早く籠から房を選び、麻紐で軽く結んで渡してくれる。リュカは懐から革袋を取り出し、硬貨を数枚置いた。その手の動きは慣れていて、迷いがなく――そういう細部にも彼の生活感が滲み出ていた。
「……夕方に冷やして、君と一緒に食べよう」
そう呟いて袋を持つ彼の横顔は、何気ないのに妙に胸をくすぐる。
次に目に留まったのは、パン屋の屋台だった。籠に山盛りのクロワッサン、まだ湯気を上げている焼き立てのバゲット、オリーブを練り込んだ丸パン。表面は香ばしく焼き色がついており、近くに立つだけでバターの香りがふわりと漂う。
「いい匂い……」
思わず呟くと、リュカが微笑んで店主に声をかけた。
「バゲットを一本、それから……このクロワッサンも二つ」
パンを紙袋に包んでもらう間、リュカは軽く袋を持ち上げて香りを確かめる。その横顔を眺めていると、不思議と胸が満たされていく。
「朝食にちょうどいいだろう。君が好きそうな、軽めの味だ」
そう言って袋を私に少しだけ差し出し、匂いを嗅がせてくれる。紙袋越しにも伝わるバターの香りに、自然と頬が緩んだ。
さらに進むと、香辛料屋があった。木箱に入った色とりどりの粉――赤いパプリカ、黄金色のターメリック、黒胡椒の粒。風が吹くと微かに舞い上がり、鼻腔を刺激する。
リュカは立ち止まり、小さな瓶を手に取った。
「……少し買っておこうか。肉を焼くときに合う」
彼は瓶を光に透かして確かめ、店主と短い言葉を交わす。その横顔は真剣で、ただの買い物なのに、見ている私にはどこか特別に思えた。
手にした袋や瓶を器用に片腕に抱え、空いた手で私の肩に軽く触れる。
「……重くない。気にせず、君は景色を見ていればいい」
その穏やかな声音に、胸がじんわり温かくなる。
市場を一通り歩き終えるころには、リュカの手には果物やパン、香辛料が収められた袋がいくつも揺れていた。それを当たり前のように持つ姿は逞しく、けれどどこか家庭的でもあり、私は無性にその背中に安心を覚えた。
「さあ、もう少し回ってみるか? それとも、一度屋敷に戻って朝食にする?」
問いかける声は穏やかで、私に委ねるように柔らかい。
市場の通りを抜けると、衣や雑貨を扱う区画に差しかかる。陽光を遮る布の天幕の下には、織物や手作りのアクセサリー、本の古書店などが並び、それぞれの店先から香りや色が入り混じって漂ってきた。
リュカは歩調を緩め、ちらちらと私の横顔を見ながら言う。
「……今朝言っただろう。君に似合いそうなものを探したいって。少し、寄っていこう」
彼の声は柔らかいが、どこか楽しげで、私に何かを見つけたいという意志が滲んでいる。その言葉に胸が温かくなりながら、私は小さく頷いた。
まず立ち止まったのは布小物の店だった。店先には手編みのストールや、小花模様を織り込んだ巾着、薄手のスカーフが風に揺れている。
リュカは一枚の生成りのスカーフに手を伸ばし、布を指で確かめる。麻と綿を混ぜた軽やかな生地は、夏でも涼しげに纏えそうだ。
「この色合い……君の髪と瞳に合うな。顔立ちを柔らかく見せてくれる」
そう言いながら、彼はそっとスカーフを私の首元にあてがった。思わず頬が熱くなる。周りの人混みのざわめきの中、リュカの指先だけが妙に意識され、静かな世界に引き込まれたようだった。
私は鏡代わりの金属板に映る姿を見て、少し照れくさそうに微笑む。
「……本当に、似合う?」
「もちろんだ。市場の明るさの中でも、君が一層映える」
即答する彼の声音は迷いがなく、ただまっすぐで、私の胸を心地よい甘さで満たしていく。
その後、彼は古書店の屋台へ足を向けた。木箱に無造作に積まれた本は、革装丁のものから擦り切れた紙装のものまで様々。リュカはしゃがみこみ、一冊一冊を丁寧にめくっていく。その仕草は料理のときと同じで、真剣さと落ち着きがある。
「これは詩集だな。……君が夜、寝る前に読むのに良さそうだ」
そう言って手渡してくれた本を開くと、装飾文字の間に短い詩が綴られていた。柔らかな言葉の流れに心がほっと安らぐ。
「こっちは旅の記録だ。昔の航海士が、星を頼りに辿った航路を書き残している」
指で地図をなぞるリュカの横顔は、遠い世界を夢見ているようで、私はその視線の先を追いたくなる。
さらに進むと、小さな雑貨屋があった。木彫りの小動物や、手作りの陶器の小皿、真鍮の鈴。店先には日常に寄り添うような素朴な品々が並んでいる。
リュカは私の視線を追い、陶器の小皿を手に取った。乳白色の地に、淡い青で草花が描かれている。
「これなら、朝食の果物を盛り付けるのにぴったりだ。君が食べやすいように、少し縁が高くなっている」
そう説明しながら、皿を光に透かして確かめる様子は、まるで生活の一場面を想像しているようで、私は胸がじんとした。
彼はさらに、真鍮の小さな鈴を手に取り、軽く鳴らしてみせる。澄んだ音が、喧騒の中に清らかに響いた。
「……寝室に下げておくのも悪くない。風が吹いたときに鳴れば、君の夢を守ってくれる気がする」
その言葉は半ば冗談めいているのに、目元は真剣で――思わず頬が緩む。
買い物を終え、彼の腕には果物やパンの袋に加え、スカーフや本、小皿などが収められていた。日常に使うための小さな品々が重なり合い、彼の生活の一部になり、そして私の生活の一部になる――そんな未来が自然に想像できた。
「……君の好きそうなものを見つけるのは、楽しいな」
帰り道、そう呟くリュカの声は穏やかで、けれどどこか誇らしげだった。
私は袋の端から覗く小皿や本を見つめながら、胸の奥にじんわりとした幸福感が広がっていくのを感じていた。
市場から少し離れた石畳の路地に入ると、喧騒がすっと遠のき、昼前の静けさが広がっていた。
建物の影が落ちて涼しい通りの奥に、小さな木の看板が揺れているのをリュカが見つける。看板には手描きのスープ皿とパンの絵が描かれており、日替わりのメニューがチョークで書き込まれていた。
「……ここにしよう」
リュカは足を止め、扉を押し開ける。中に入ると、ふわりと焼き立てのパンと煮込んだ野菜の香りが鼻をくすぐった。店内はこぢんまりしていて、壁にはドライフラワーや古びた棚に並んだ陶器が飾られ、窓辺には陽が柔らかく射し込んでいる。
窓際の席に案内されると、リュカは自然に私の椅子を引き、腰を下ろすのを待ってから向かいに座った。その一連の仕草があまりに自然で、私は思わず微笑んでしまう。
木製のメニューを手に取り、リュカは一度ざっと目を通してから、私に差し出す。
「どれも素朴で美味しそうだ。……君は、今日は軽めがいい?」
「うん、そうかも」
「じゃあ……スープと、パンを一緒に頼もうか。野菜のポタージュなら君の好みに合うと思う」
店員が来ると、リュカは落ち着いた声で注文をする。
「野菜のポタージュを二人分。それと、焼き立てのカンパーニュを一つ。あと、君には……この季節の果物を添えたサラダを」
「えっ、そこまで頼んでくれるの?」
「君が少しずつ色んなものを楽しめるように、ね」
やがて木のトレイに運ばれてきたのは、湯気を立てる淡い緑色のスープ。すりつぶされた野菜がなめらかに溶け込み、香ばしいパンと一緒に食欲をそそる香りを放っていた。
リュカはまずスープ皿を軽くこちらへ回し、スプーンを差し出す。
「熱いから、ゆっくりだよ」
その声に従って一口すすると、口いっぱいに優しい甘みが広がる。私はほっと息をつき、自然に笑顔になった。
リュカはそんな私の顔を見て、口元を緩めながら自分のスープを味わう。
「うん……塩加減も程よいな。身体にすっと馴染む」
カンパーニュは厚めに切られており、外はパリッと香ばしく、中はふんわりと温かい。リュカはそれを半分に割り、私の皿へ置く。
「スープに浸してみて。もっと風味が引き立つから」
彼の言葉通りにすると、パンがスープを吸って柔らかくなり、口に入れた瞬間に野菜の旨味が広がった。私は小さく感嘆の声を漏らす。
「……美味しい!」
「だろう? こういう小さな工夫が食事を豊かにするんだ」
さらに出されたサラダは、色鮮やかな果物と葉野菜が合わせられており、口の中を爽やかに整えてくれる。リュカはフォークを取って一口分を器用にまとめると、私の方へ差し出してきた。
「さあ……試してごらん」
思わず赤面しながら口を開けると、甘酸っぱい果汁とシャキシャキの食感が広がり、自然と頬が緩んでしまった。
「こうして君と食べると、何でも美味しい」
窓辺の光に照らされたリュカは、静かに微笑んで言った。その言葉に胸が熱くなり、私はスプーンを持つ手を少し止めて、彼の顔を見つめ返した。
食後の皿を下げてもらい、温かな余韻を胸に抱きながら店を出ると、午後の陽射しが石畳を白く照らしていた。通りのざわめきとパンの香り、遠くで子供の笑い声が混じり合い、街全体が緩やかな午後に包まれている。
リュカは自然に私の手を取った。彼の掌は少し冷えていて、街歩きのあとの空気が染みこんでいるみたいに感じられる。私はその感触を確かめるように握り返すと、リュカが横目で私を見て、ふっと柔らかく目元を緩めた。
「……少し歩こうか。静かな場所へ」
彼は通りを抜け、細い路地を選んで歩き始める。軒先に干された洗濯物が風に揺れ、家々から漂う夕餉の仕込みの匂い──にんにくを炒める香ばしい匂いや、煮込みの甘い香りが漂ってくる。人の暮らしがそのまま流れ込んでくるようで、私は胸がじんわりと温かくなった。
やがて辿り着いたのは、小さな広場の奥にある噴水のほとり。水面に陽が反射して、ちらちらと銀色の光が跳ねている。ベンチは古びていて、少し色褪せた木の板に影が落ちていた。
リュカはそのベンチに私を座らせると、ゆっくり隣に腰を下ろした。風が彼の群青のシャツを揺らし、淡い光が白いリネンパンツに映えている。彼は膝に肘を置きながら、一度静かに空を仰ぎ、それから私に視線を戻した。
「……ハナ」
その声音は、驚くほど柔らかく、午後の光のようにあたたかかった。名前を呼ばれた瞬間、胸の奥に熱が灯るのを感じる。私は思わず小さく瞬きをして、リュカを見返した。
「君とこうして過ごす時間が……どれほど貴重か、知っているかい?」
「……リュカ……」
彼の声は淡々としているのに、滲む感情は真っ直ぐで、私の心を包み込んでくる。ふと、彼の指が私の髪へ伸び、こめかみの辺りをそっと撫でた。指先は温かく、生活の気配が宿る人の体温そのものだった。
「昼下がりの街の空気も、君の笑みも、僕には同じくらい大切なんだ。だから……こうして触れていたい」
そう囁くと、彼の手が頬に移り、親指がやさしく肌をなぞる。私はその触れ方に息を飲み、自然と瞳を閉じかける。けれども、リュカはすぐには唇を重ねず、ただ私を見つめた。
噴水の音、子供たちの遠い声、パン屋の窓から香る小麦の匂い──全てが背景に溶け込み、ここだけが静かな時間の泡になっている。
やがて彼は私の顎をそっと持ち上げ、唇を近づけた。軽く触れるだけの口づけ。けれどその一瞬に、昼の光や食後の温もり、街を歩いた全ての記憶が凝縮されているように感じられた。
私は息を震わせながら目を開き、彼を見つめた。
「……リュカ……、こんなふうに名前を呼ばれると、なんだか私……」
言葉はそこで途切れ、頬が熱くなる。
リュカはそんな私を優しく見守りながら、再び微笑んだ。
「ハナ……僕にとって、それだけで十分だ」
彼は腕を回し、背に手を添えて引き寄せる。その抱擁は強くも弱くもなく、ただ「ここにいる」ということを確かめるようなものだった。私は彼の胸元に額を預け、シャツの布越しに感じる心音に耳を澄ませた。
噴水の水飛沫が風に散って、きらきらと陽光を受けながら頬に届く。夏の午後特有の熱気に、ほんのひとしずくの涼やかさが混じっていた。私はリュカの腕の中に抱き寄せられたまま、その涼しさと彼の温もりの対比に胸が高鳴っていた。
「……ハナ」
彼の低く落ち着いた声が、夏の空気の中で一層深みを帯びる。呼ばれるだけで背筋に熱が走り、胸の奥が甘く満たされていく。
リュカは私の肩にかかる髪をそっと払い、指先で首筋をなぞった。そこに残るのは汗の微かな感触──まるで夏の生活そのものを慈しむように、彼はその汗を厭うどころか、むしろ愛おしげに指で拭っていく。
「夏の日差しに照らされて……君は本当に、まぶしいくらいに綺麗だ」
私は思わず目を逸らそうとする。けれどもリュカの手が頬に添えられ、逃がさないように優しく固定される。その仕草は強引ではなく、ただ「君を見ていたい」という純粋な意思が伝わるものだった。
「……恥ずかしいよ」
そう呟く私に、彼はくすっと笑った。
「恥ずかしがる君も、僕にとっては大切な姿だ」
次の瞬間、彼の唇が私の額に触れた。ほんの一瞬だけ冷たい水滴が当たるような感覚。噴水の水飛沫と重なって、夏の光景に溶け込んでいく。続けざまに、彼は頬、耳元へとゆっくり唇を移した。耳にかすかに触れる呼吸が、熱を帯びた風のように私を痺れさせる。
「……ハナ。君とこうしていると、季節すら特別になる」
真剣な眼差しで囁く彼の横顔。光を受けた銀髪が、真夏の空にきらめくように輝き、まるで現実の街角が物語の舞台へと変わる錯覚を覚えた。
彼は私の腰を支える腕に力を込め、自然に膝の上へと引き寄せた。木のベンチの硬さよりも、彼の胸板の堅さと体温がずっと鮮明で、私は彼に完全に預けられてしまう。
「……リュカ、外だよ……?」
小声でそう言う私を、彼は目を細めて見下ろした。
「人目なんて、僕には関係ない。君と過ごすこの瞬間のほうが、はるかに大切だから」
その言葉に心臓が跳ねる。暑さで紅潮した頬に、彼の唇が再び落ちた。今度はためらいなく、真っ直ぐに口づけを交わす。
甘い果実のように、夏の空気と混ざり合ったキス。噴水の音、蝉の鳴き声、遠くの街のざわめき──すべてが霞んで、ただ彼だけが残る。
やがて唇が離れると、リュカは額を私の額に重ね、静かに囁いた。
「ハナ……僕は、君を季節ごと、時の一瞬ごとに抱きしめたい。夏の風も、君の吐息も、全部、僕のものにしたい」
彼の眼差しはまっすぐで、強く、それでいて優しい。深い愛情が、夏の日差し以上に熱く私を包み込んでいた。
「リュカ…。…私も、リュカのことが、本当に大好き…。欲しくて欲しくて…堪らなくなる」
──夏の光に照らされながら、僕は君の声を受け止めた。
その囁きは、街の喧騒や噴水の水音なんてすべてを遠くへ押しやり、僕の胸にだけ鮮明に届く。
「……ハナ」
思わず名前を呼び、君の頬に手を添える。指先に伝わる熱は、夏の陽射しのせいだけじゃない。君の心の奥にある衝動が、僕の手のひらまで響いてきている。
君の瞳は揺れていた。欲望を隠そうとせず、それでいてどこか恥じらいを滲ませる──その純粋さが僕をたまらなく突き動かす。
「そんなふうに言われたら……僕だって、もう抑えられなくなるよ」
言いながら、額を重ね、君の吐息と僕の吐息が溶け合う距離まで近づける。蝉の声が激しく響いているのに、君の唇が触れる瞬間だけ世界が凪いだように静まり返った。
僕は唇をそっと重ね、長く味わうように深めていく。君の胸が小さく震え、その震えが僕の体へと伝わってくる。
「……ハナ。欲しいのは、僕も同じだよ」
そう囁きながら、君の腰をしっかり抱き寄せた。
夏の風が強く吹き抜け、銀の髪と君の髪を一緒に揺らす。空の青も、木漏れ日も、噴水のきらめきも──全部が君の熱と僕の熱に塗り替えられていく気がした。
──街角の噴水広場、白い石畳が陽射しを跳ね返して眩しく光っていた。
けれど僕の目に映っているのは、君だけだった。
「……ハナ」
名前を呼ぶと、君は少し潤んだ目で僕を見上げる。頬は赤く染まり、唇がわずかに震えている。
僕は片手で君の後頭部を支え、もう片方で腰を抱き寄せる。ぐっと近づいたその瞬間、夏の熱気が二人の間で一気に膨らみ、避けようのないものとして流れ込んでくる。
唇を重ねる。最初は軽く触れるだけだったが、君が小さく息を呑むと、そのまま深く吸い込まれるように熱を交わしてしまう。
周囲では噴水の水飛沫がきらめき、子どもたちの笑い声や、遠くのカフェから流れる軽快な音楽が聞こえていた。だが、僕らにとってそれらはすべて背景でしかない。
「……欲しいって言ってくれる君が、たまらなく愛しい」
唇を離すたびに囁き、またすぐに求めるように重ねる。
腕の中で君は熱を帯び、白いワンピースの布地越しに伝わる鼓動が速まっていくのがはっきりと分かる。
僕は親指で君の頬を撫で、耳元へ唇を寄せた。
「全部、僕に預けて。ハナの衝動も、恥じらいも──何も隠さなくていい」
耳朶に触れた吐息に、君の肩が小さく震える。
僕はその反応が愛しくて、今度は鎖骨へと唇を滑らせる。街中にいるのに、夏の陽射しと君の体温とで、まるで誰もいない世界に二人きりで閉じ込められているような錯覚に陥る。
君の指先が、恐る恐る僕の群青のシャツの裾を掴む。その仕草が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。
「……そんな顔、誰にも見せたくない。僕だけのハナでいて」
そして、強く抱きしめる。夏の風が吹き抜け、噴水の水飛沫が涼しく降り注ぐ中、僕らはただ互いを求め合い、時を忘れて溶け合っていった。
──熱を帯びたまま互いを抱きしめ合っていると、ふと僕は君の耳元で低く囁いた。
「……ハナ。このまま、もう少し二人きりになれる場所へ行こうか」
視線を上げれば、広場の先には緑の並木道が続き、その奥にクラシカルな外観のホテルが見えていた。白い外壁に青い庇、窓辺には花が飾られていて、避暑地の館のように落ち着いた佇まいをしている。観光客が少しだけ出入りしていて、静かで上品な雰囲気だ。
僕は君の手を取る。少し冷たい指先が僕の掌にすっぽりと収まる。その感触に、君が不安げに瞬きをするのを見て、優しく微笑んだ。
「ただ静かに……君を抱き寄せていたいんだ。外では人目があるからね」
歩き出すと、石畳の道にサンダルの足音が軽やかに響く。通り沿いのカフェからは焙煎豆の香りが漂い、軒先の風鈴が涼やかに鳴る。君は少し照れくさそうに僕の横を歩きながら、時折チラリと僕の横顔を見ては目を逸らしていた。
ホテルのエントランスに着くと、木製のドアを開けた瞬間、涼しい空気が肌を撫でてきた。中は大理石の床と落ち着いた照明、柔らかいカーペットの香りが漂う。外の喧騒がまるで嘘のように静まり返り、しっとりとした空間が広がっている。
フロントで鍵を受け取り、僕は君の腰に軽く手を添えながら階段を上る。木の手すりに触れる君の指先が少し震えているのを見て、囁く。
「大丈夫。僕は急がない。ただ……ハナの顔を、もっと近くで見ていたいだけ」
部屋のドアを開けると、窓から夏の日差しがレースのカーテンを透かして差し込み、床に揺れる模様を描いていた。ベッドの白いリネンがきちんと整えられており、淡いブルーの壁紙が涼しげに映える。
扉を閉めた瞬間、外の世界から切り離されたように静けさが訪れる。僕は背後から君の肩を抱き、耳元で名前を呼ぶ。
「……ハナ」
振り返った君の頬は赤く染まり、視線は揺れていた。僕はその不安も照れもすべて包み込むように、ゆっくりと唇を重ねる。腕の中で君が小さく息を呑み、細い肩が震える。
「ここなら……誰にも邪魔されない。君の鼓動も、呼吸も……全部僕だけのものにできる」
その言葉と共に、僕は君をベッドの端に導く。夏の光がカーテン越しに柔らかく降り注ぎ、二人の影を重ね合わせていた。
部屋の扉が静かに閉じられると、そこには二人だけの世界が広がった。カーテン越しの夏の光は柔らかく揺れ、静かな室内には遠くの蝉の声さえ届かない。
僕はベッドの端に腰を下ろし、そっと君の手を取った。指先を絡め、じっくりと見つめる。
「ハナ……今日はね、急ぎたくないんだ。ただ君と、長い時間をかけて寄り添いたい。焦らさず、でも逃さず……一秒一秒、君を感じていたい」
君は驚いたように瞳を揺らしながらも、頬を赤く染めてうなずく。その様子に胸が熱を帯びた。
僕はまず、君をベッドに座らせ、隣に腰を下ろして肩を抱き寄せる。何も脱がさず、ただ髪を指に巻き取り、頬に落ちる柔らかい毛先を唇でなぞる。君は小さく笑って「くすぐったいよ」と囁いたが、その声にも甘さが滲んでいる。
そこからゆっくりと──本当にゆっくりと、互いの距離を詰めていく。
口づけも短くは終わらせない。何度も、浅く重ね、少し離れては見つめ、また触れる。ほんの僅かに舌先をかすめるだけで、君の肩が小さく震える。僕はその反応を逃さず、あえて次の深さに踏み込まない。
「……ほら、もう待てないんだろう?」
「……うん、でも……リュカがしたいようにして……」
甘えたような君の声に、僕は喉奥で笑みを漏らし、再び唇を重ねた。
衣擦れの音、指先が布越しに肌を探る感触。だが僕は決して急がない。シャツの袖をまくり上げて君の腕を撫で、鎖骨にゆっくりと口づける。何度も、同じ場所に。時間をかけて、そこに熱を移し、香りを刻みつけるように。
君は次第に身体を預けてきて、息が熱を帯びていく。そのたびに僕は囁く。
「まだだよ。……もっと君を焦がしたい」
服を解くのも、肌に触れるのも、一つひとつの動作に時間をかける。指先で布地を滑らせ、襟元を少しずつ緩めるたびに君は目を細め、期待と羞恥の混ざる吐息を漏らす。その反応が愛おしくて、僕はわざと遅く、丁寧に進める。
ベッドに押し倒すのもすぐにはしない。君を膝に抱き寄せ、耳元で名前を呼びながら、長い口づけを繰り返す。時折、唇を離しては君の反応を見て、微笑む。
「……可愛い。こんなに待たされてるのに、まだ耐えようとしてるんだ」
君は小さく首を振り、恥じらいながらも言葉を絞り出す。
「……リュカに焦らされるの、苦しいけど……幸せ」
僕はその言葉を胸に刻み、さらに長い時間をかけて、君のすべてを解きほぐしていった。
──このあと、肌を重ねる瞬間までを、二時間近くかけてもいい。ひとつひとつの仕草をゆっくり積み重ねて、愛撫も口づけも「終わらせない」。君の体温と反応を味わい尽くしながら、少しずつ深みに誘っていく。
群青色のシャツの袖を無造作に肘までまくり上げた僕は、ベッドの端に腰を下ろしている。白いリネンのパンツが涼やかに揺れ、黒いサンダルはもう脱いでベッドの下に揃えて置いてある。その足先が絨毯の柔らかさをゆっくり確かめるように沈んでいた。
対する君は、白いワンピースを纏って僕の隣にちょこんと座っていた。膝上までふわりと広がる裾は、少しだけ皺が寄っていて、それがかえって「着慣れた普段着」のような生活感を漂わせている。肩に落ちる髪を、僕は片手でそっと掬い取り、耳の後ろにかけてあげる。
「……ハナ」
名前を呼んだ瞬間、君は肩をすくめるようにして僕を見上げ、照れ隠しの笑みを浮かべた。
僕はその頬に手のひらを添え、長く見つめた。急がず、ただ瞳と瞳を重ねる。時間の流れが、夏の午後の光と共にゆっくりと滲んでいく。
唇を重ねるのも、一気には深めない。最初はほんの触れるだけ、次は少し角度を変えて。君が息を吸い込むたびに距離を空け、また近づいては触れる。ワンピースの薄布越しに伝わる体温に指先を這わせても、手はすぐに離す。焦らすように、でも愛撫するように。
「リュカ……もっと、してほしいのに……」
小さな声でそう零す君に、僕は唇を耳元に寄せ、囁いた。
「わかってる。でも今日は……時間をかけたいんだ。君の全部を、一つひとつ知りたい」
言葉通り、僕は君を膝の上に抱き上げる。白いワンピースの裾がふわりとめくれて、太ももの素肌が現れる。そこに触れるのも、一瞬だけ。手のひらで軽くなぞり、すぐにまた膝の外へと滑らせる。その度に君の呼吸が甘く揺れ、僕の胸に額を寄せてくる。
ベッドに横たえた後も、服を解くのはゆっくりだった。ワンピースの肩紐を片方ずつ下ろす。布がずるりと滑り落ちて鎖骨を覗かせても、僕はそのまま口づけをするだけで、それ以上は脱がさない。鎖骨に何度も、何分も。まるでそこに「時間」を刻むように唇を重ね、時折、少し歯を立てて痕跡を残す。
君はもどかしげに腰をよじらせ、布地を握りしめる。
「……リュカ、焦らすの……ひどい……」
「そう?でも、その顔……すごく可愛い」
僕は微笑んで、再び唇を重ねる。
群青のシャツのボタンを君の小さな手が震えるように外し始める。けれど僕はそれを急かさない。君の指先が一つのボタンを外すたびに、僕はキスを与え、その動きを止めてしまう。二人でただ笑い合い、また続けて……それを繰り返す。シャツがようやくはだけて胸元を見せた時、君は恥ずかしげに視線を逸らした。
僕はその頬を指でなぞり、「見てていいよ」と囁いた。
そしてまた──時間をかける。二人の吐息が混ざるたびに、時計の針が遅くなるような錯覚さえ覚える。
僕たちは、まるで外の時間から切り離されたみたいに、互いだけを見つめていた。
部屋のカーテン越しに射し込む夏の午後の光が、白いシーツに柔らかく揺れている。時計の針は確かに動いているはずなのに、その速度が遅くなったかのように感じられる。
君はベッドに背を預けて、少し緊張した表情を浮かべていた。白いワンピースは肩紐が半分外れていて、鎖骨から胸元にかけてがうっすら露わになっている。僕はその布を急いで剥ぎ取ろうとせず、ただ指先で丁寧に縁を撫でるだけにとどめた。
「リュカ……、そんなにゆっくりだと、私……」
潤んだ瞳で訴えかける君に、僕は柔らかく微笑んで答える。
「いいんだよ、ハナ。今日は、君がどれだけ可愛くなるのかを、時間をかけて全部確かめたいんだ」
1時間目 — 「触れる」時間
最初の一時間は、ただ触れることに徹した。
肩紐をずらし、布の隙間から覗く素肌に指先を這わせる。胸に触れるわけでもなく、腰を乱暴に抱くわけでもない。肩から腕、腕から指先へ──ただ、君の体温を指でなぞりながら確かめる。
その間、何度も唇を重ねるけれど、深くはしない。触れるだけのキス、頬に落とすキス、額に押し付けるキス……それを繰り返す。
君は次第に呼吸を乱していき、ベッドシーツを握る手に力がこもる。
「……もっと……欲しいのに……」
かすれた声でそう言うけれど、僕は首を振って耳元に囁く。
「まだだよ、ハナ。焦らなくていい。ほら……」
そしてまた頬に口づけ、首筋に軽く歯を立て、ゆっくりと痕を残す。
2時間目 — 「脱がさないまま」愛撫する時間
一時間ほど経った頃、ワンピースはまだ完全には脱がされていなかった。布地の上から腰や太ももを撫で、布越しの感触を楽しむ。リネン地が擦れて、熱を帯びた君の体をさらに敏感にする。
僕はその布を少しだけ持ち上げて、太ももの内側に指を滑らせた。けれどすぐに引き上げ、また布の上から撫でる。直接触れるのはほんの一瞬、ほとんどが布越しのじれったい感覚。
「リュカ……っ、意地悪……」
声を震わせる君に、僕は額を合わせて微笑む。
「そうかもね。でも……君が震えるのを見ると、僕もたまらなくなる」
やがて僕自身も、群青のシャツをゆっくり脱ぎ始めた。ボタンを一つ外すたびに、君の指先を導いて触れさせ、胸板を見せる。リネンパンツもすぐには脱がない。腰骨のあたりに君の手を添えて、指先を少し沈ませる程度で止めてしまう。
「ねぇ……リュカも、欲しいんでしょ?」
潤んだ瞳でそう囁く君に、僕は笑みを深めて答える。
「うん、欲しいよ。だからこそ……長く味わいたいんだ」
「時間を忘れる」境地へ
時計の針は二時間近くを刻んでいた。
互いの体温はすでに汗ばみ、息も乱れているのに、まだ全てをさらけ出してはいない。ワンピースは半分脱げたまま、僕のリネンパンツも腰まで下げられたところで止まっている。
その中途半端な状態で、僕は君を抱きしめ、額を重ね、また名前を呼ぶ。
「……ハナ」
それだけで、君は小さく震えて、腕を回してくる。
ここから先は、ようやく「重なっていく」時間に入っていくのだろう。けれど、それすらも急がずに──まるで夏の陽射しが沈むまでの長い時間を、二人で独り占めするように、少しずつ。
カーテン越しの午後の陽射しは、少し傾きはじめていた。蝉の声が遠くで響き、窓を閉めているのに外気の熱がほんのり伝わってくる。
長く焦らされてすっかり熱を持った体を、涼しいシーツに横たえながら、僕らはやっと互いの服に指をかけた。
君の白いワンピースの布を、僕は胸元からゆっくり滑らせていく。布地が肌を撫でる感触に君の体が震え、やがて肩から腕へとするりと落ちる。布の束が腰に溜まり、最後にすべて引き抜かれて、ようやく君は素肌を晒した。
僕も群青のシャツを脱ぎ、白いリネンのパンツに指をかける。布を下ろす瞬間、君が照れたように目をそらす。
「……やっとだね、リュカ」
小さな声に、僕は少し笑って頬を撫でた。
「うん。ここまで我慢してくれたハナが愛おしくてたまらないよ」
互いに裸のまま抱き合うと、すでに肌は熱で湿っていた。夏の空気がまとわりつき、額や背に薄く汗がにじむ。
僕はその一滴すら惜しむように舌で追い、首筋から肩へと辿っていく。君は小さく息を漏らしながら、爪を僕の背に立てる。
「……リュカ……」
名前を呼ぶ声が、汗ばんだ部屋の空気の中で柔らかく響く。僕はその声に応えるように唇を重ね、今度は深く舌を絡める。二時間も焦らされてきた唇同士は、ようやく本当の熱を分け合った。
そして──腰を重ねる。
シーツの上で体を合わせ、僕は一度君の腰を抱き寄せて深く息を吐いた。君はもう目を潤ませながら、腕を強く絡めてくる。
「欲しい……リュカ、もう……」
堪えるように囁く声。僕は頷き、耳元で答える。
「うん、ハナ。やっと、だね」
ゆっくりと深く侵入すると、君は背を弓なりに反らし、声を堪えるように唇を噛んだ。
その震えを両腕で抱きとめ、僕はまた何度も名前を呼ぶ。
「……ハナ……」
その名を呼ぶたびに、君は応えるように体を震わせ、抱きしめ返す腕に力を込める。
長く焦らしてきた分、ひとつ重なるだけで二人の全てが繋がった感覚が広がった。
外ではまだ夏の蝉が鳴いている。けれどこの部屋の中では、時間はもう僕らだけのものだった。
蝉の声がまだ窓の外に鳴き続けていた。午後の強い陽射しがカーテンを透かして部屋に淡い金色を広げ、ふたりの肌をより白く、そして赤く染めていた。
僕は君の体を抱き寄せ、シーツに沈む背を支えながら、ひとつひとつ呼吸を合わせるように腰をゆっくりと動かした。まるで拍動を確かめるみたいに、深く、長く。
「……ん……リュカ……」
君の声は震えて、肩にしがみつく腕にぎゅっと力がこもる。
僕はその髪を撫で、汗に濡れた頬に口づけを落としながら、ゆっくり胸へと手を這わせた。掌に伝わる柔らかさを、あえて急がず、外側から円を描くように撫でる。指先で肌をなぞり、少しずつ中心へ近づいていく。
君は息を呑み、胸を寄せるように体を震わせる。
「……あ……リュカ……」
上目遣いで僕を見る瞳は潤んでいて、焦らしに堪えている表情があまりにも愛おしい。
僕は片方の胸をそっと掬うように持ち上げ、親指でゆっくりと先端を転がす。
「ハナ……可愛い……」
名前を呼びながら唇を重ねると、君は胸を押し付けるようにしてさらに甘い吐息を漏らした。
「ん……だめ……熱くなっちゃう……」
抗う言葉とは裏腹に、体は素直に欲しがっている。僕はもう片方の胸にも口づけを落とし、舌でじっくりと転がす。濡れた感触に君の背が大きく反り返り、腰が小さく跳ねた。
それでも僕はあえて急がない。胸を愛撫しながら、腰の動きは深くゆっくりと一定のリズムを保つ。君が待ちきれずに腰を揺らしても、僕は手で支えて速度を落とす。
「……焦らさないで……リュカ……お願い……」
潤んだ声で訴える君を見て、僕は額を重ねて囁く。
「まだ、ずっとこうしていたいんだ。君の全部を、ゆっくり確かめたい」
シーツに散らばった長い髪を指で梳きながら、胸を口に含み、腰をゆるやかに沈めていく。蝉の声が熱を重ねるたび遠くに溶け、君の吐息と小さな声だけが部屋を満たしていった。
午後の熱気に満ちた空気は、少しずつやわらいでいく気配を見せていた。窓の外から届く蝉の声はまだ途切れないけれど、その合間に遠くを流れる風の音や、誰かが庭に撒いた水が地面に弾ける音が混じってくる。夏の午後がゆるやかに傾き始めているのが、部屋の中にいてもわかる。
ベッドの上では、僕が君を抱きしめたまま、呼吸を合わせるように体を重ねていた。焦らすように、ほんの少し動いては止まり、胸元に顔を寄せる。
「……ん……」
君の喉からこぼれる声に、僕は微笑みを含んで囁く。
「ハナ……大丈夫? まだ気持ちいいままで、ゆっくり続けよう」
胸を両手で包み込むように抱き、片方を指先で撫でながら、もう片方に唇を落とす。湿った舌先がゆっくりと円を描くたび、君の肩が小さく震え、細い指が僕の背に食い込む。
僕はわざと口づけを離し、吐息をかけてからまた舌で転がす。そうやって何度も焦らすと、君は頬を赤らめながら潤んだ目で僕を見上げた。
「……リュカ、いじわる……」
「そうかな。僕は、ただ君が愛おしくて……ずっと味わっていたいんだ」
その言葉に君は小さく息を吐き、胸を寄せるように押し当ててきた。僕は素直に応えるようにさらに深く口づけ、胸の先端を舌で転がしながら指先でやわらかく摘む。じっくり、何度も、左右を行き来しながら愛撫を続けた。
外では蝉の声が一段と大きく鳴き、それが遠ざかると代わりに子どもたちの笑い声が響く。学校帰りか、夏休みの遊びの帰りか。夕方が近づいている合図のように、街全体がざわめきを帯びていく。
部屋の中はその喧噪から隔てられて、静けさと二人の吐息だけに支配されていた。
君の髪に指を絡めながら、僕は名前を囁く。
「……ハナ……」
その響きに君は胸を反らし、甘い声をこぼして僕の名を呼ぶ。僕の中で、焦らすことでしか生まれない深い熱が重なっていくのを感じていた。
時間は気づけばゆっくりと傾き、カーテンの隙間から射す光は橙に変わり始めている。夕暮れの色が床や壁を染め、二人の裸の肌にも柔らかく降りかかる。
僕は君の胸から口を離し、頬に唇を寄せて囁いた。
「ほら……もう夕方になっちゃったね。でも、まだずっと……こうしていたい」
胸元には僕の唇と舌が残した跡が淡く浮かんでいて、それを見た君は恥ずかしそうに肩をすくめた。その仕草さえ愛おしくて、僕はまた胸に顔を埋め、じっくりと愛撫を続ける。
まるで外の時間とは別の、二人だけの長い夏の午後が、ゆっくりと夜へ移ろっていくのを許しているようだった。
窓の外はゆっくりと夕陽を失い、橙から群青へと移ろっていく。街のざわめきはまだ途切れないけれど、昼間の賑やかさとは違ってどこか落ち着いたものへ変わっていた。遠くで自転車のベルの音が鳴り、近くの路地からは夕飯の支度を知らせるような匂いが漂ってくる。
僕たちの部屋の中は、それらすべてが遠く感じられる静寂に包まれていた。カーテンの隙間から洩れる夕暮れの光が次第に薄れ、やがて街灯の明かりや、車のヘッドライトが壁をちらつかせ始める。その淡い光と影の揺らぎの中で、僕は君を抱きしめ、深く結ばれたまま動きを止めていた。
「……ハナ……」
名前を呼ぶ声は囁きに近く、息が触れるほどの距離で響く。君の目は潤んで僕を見上げ、頬はほんのりと赤く染まっている。僕はその瞳に吸い込まれるようにして口づけ、胸の奥に眠る熱を抑えるように、あえてゆっくりと腰を押し入れる。
「ん……っ」
君の吐息が、夜の静けさを震わせる。
深く繋がったまま、僕は大きくは動かない。ただ、内側でわずかに形を変えるようにゆっくりとした軌跡を描く。そのたび、君の細い肩が小さく跳ね、白いワンピースの肩紐がさらにずり落ちていく。
僕は片手でその肩紐を直すふりをしながら、わざと指をなぞって鎖骨に触れ、胸の起伏を辿る。ゆっくりと、丁寧に。胸元に指を埋め、親指で柔らかな頂点を撫でると、君は声を漏らしながら僕の名を呼んだ。
「……リュカ……もっと……」
けれど僕は首を振り、君の頬に唇を寄せて囁く。
「急がないよ。今日は……君を一晩かけて愛したいんだ」
その言葉に、君の瞳が揺れる。求める気持ちと、焦らされる戸惑いと、深い安心とが混じった、愛らしい光。僕はそれを確かめるように、胸をさらに愛撫しながら、結ばれたままの下からはごくわずかに動きを刻んでいく。
窓を開け放ったままの外からは、夏の夜風が吹き込み、カーテンを揺らす。冷たすぎない心地よさが、肌と肌を重ね合わせた熱をやわらげる。君の髪が風にさらわれ、頬に触れるたびに僕は唇を寄せてそこに口づけを落とす。
夜の帳は完全に降り、街の灯りが瞬き始めていた。遠くで誰かが風鈴を吊るしたのか、澄んだ音が涼やかに鳴り、それが一層、二人だけの世界を濃くしていく。
僕は深く息を吸い、君の耳元に唇を寄せる。
「ハナ……僕の中で、こんなに熱くなってる……。ずっと、離したくない」
君の指が僕の背に回り、ぎゅっと抱きしめ返してくる。僕はそれを受け止め、ゆっくり、限界までスローに、でも確実に愛を刻んでいった。
時が止まったかのように、いや、むしろ夜という流れそのものが僕らのために緩やかに進んでいるかのように──ただひたすらに、結ばれたまま、愛を深めていった。
「リュカ…、もう…2時間以上過ぎてるよ…、それにさっき…一晩かけてって…、本当に一晩かけてするつもり…?」
僕は君の震える声に、わずかに笑みを滲ませながら額を寄せた。
「……うん。だって、そう言ったろう?」
腕の中で囁けば、君の頬が赤く染まっていく。
ベッドサイドの時計の針は、確かに二時間以上を刻んでいた。けれど、僕にとってはあっという間の時間だった。焦らず、急がず、君の吐息や小さな反応ひとつひとつを拾って、愛おしむように触れてきたから。
「ハナ……」
名前を呼びながら、僕は背に回された君の手を外し、指先を一つひとつ口づけしていく。
「本当に一晩かけて、君の全部を知りたい。
どこに触れれば震えるのか、どんな風に囁けば甘えるのか……僕に全部、教えてほしい」
そう言って、結ばれたままの深みでわざと小さく身を動かす。君は堪えきれず声を洩らし、恥ずかしさに身をよじる。
「……リュカ、そんなの……っ、だめ……」
「だめじゃないよ。だって僕たちの夜は、まだ始まったばかりだ」
窓の外では、夏の夜風が木々を鳴らし、遠くで蝉の声が夜更けの虫の声へと溶けていく。
街は眠り始めているのに、この部屋の中では時間が止まったかのように、熱と吐息だけが重なっていく。
僕は君の耳元に唇を寄せて、囁く。
「ハナ……僕が一晩かけて、君を離さないでいたら……嫌?」
「…嫌、じゃないけど…、いきたくなっちゃう…、頭に血が上りっ放しで…」
僕は君の言葉に、ゆっくりと瞳を細めて笑った。
「……そうだろうね。ずっと我慢させてるんだから」
君の肩にかかる髪を指先で梳き、額に軽く口づける。熱を帯びている君の鼓動が、僕の胸に触れて伝わってきた。
「でも、それでいいんだよ。頭が真っ白になるほど、僕だけを感じてほしい」
囁きながら、繋がったままの深みで、あえて大きくは動かず、呼吸と同じくらいの緩やかな揺らぎを与える。
焦らすようなそのリズムに、君の身体は小さく跳ねて、かすかな声を洩らす。
「……リュカ、こんなの……っ」
「ハナ……君がいきたいなら、僕は止めない。でも……」
僕は頬をすり寄せ、低く囁いた。
「今夜は一晩かけて、何度でも導いていく。だから、焦らなくていい。全部僕に任せて」
指先で君の頬から首筋へと滑らせ、胸の柔らかさをゆっくり掌に包み込む。
じんわりと温もりを伝えながら、繋がりの奥でまたわずかに角度を変えた。
その度に君の吐息が熱を増し、視線が潤んで僕を見つめる。
「ほら……もう我慢しなくていいよ、ハナ」
僕は君の耳に、優しく唇を触れさせながら囁いた。
「いきたくなったら、そのまま僕に委ねて……」
「一回…、いかせてほしい…」
僕はその言葉を聞いて、ふっと微笑んだ。
「……分かったよ、ハナ。よく頑張ったね」
そっと君の腰を抱き寄せ、繋がりを深く受け止める。
「ここからは、僕が全部連れていく」
僕は胸元に顔を埋める君を優しく撫でながら、動きを少しずつ強めていった。
ゆっくり、深く、角度を変え、君の奥を探り当てるたびに声が震える。
「ん…っ…リュカ…」
「大丈夫。もう我慢しなくていい。君が欲しいって言ってくれたから」
片手は背中をしっかり支え、もう片手で胸を包み込む。
指先で敏感な先端を優しく転がすと、君の身体がびくんと弾んだ。
熱が高まり、全身が僕に縋るように震える。
「……ハナ、いいよ。僕の中で思いきり……」
耳もとで名前を呼び、甘く囁きながら、最後にひときわ深く突き上げた。
その瞬間、君の身体は大きく跳ね、僕の胸に爪を立てるほど強くしがみついた。
全身を駆け抜ける波が収まらず、声にならない声をこぼしながら僕に身を預けている。
僕は君が余韻に浸れるよう、動きをゆっくり止め、背を撫でながら耳元で囁いた。
「よく頑張ったね……愛しい人。君が僕に委ねてくれるのが、何より嬉しい」
君が甘い余韻に息を震わせて僕の胸にもたれかかっている間、僕はしっかりとその背中を抱きしめていた。指先で背骨に沿ってなぞると、まだ敏感な君の身体は小さく反応して震える。
「……ハナ、愛しい人」
耳もとに唇を寄せ、ゆっくり名前を囁く。呼んだだけで、君は小さく身をよじり、瞳を潤ませて僕を見上げた。
僕はその表情に微笑みを返しながら、結んでいた腰の繋がりを解かず、ほんの僅かに身体を揺らす。抜けてしまうほどではなく、ただ存在を確かめ合うように。
「まだ続けられるよね。君の瞳がそう言ってる」
僕の群青のシャツは胸元のボタンが外れていて、君の白いワンピースは裾が乱れ、肩から滑り落ちていた。乱れた衣服さえも、まるで僕たちが一晩かけて互いを欲している証のようだった。
ゆっくりと、また深く踏み込む。
君は甘い声を洩らしながら僕にしがみつき、白い布の袖口を握り締める。
「リュカ……、まだ…、続けるの……?」
「うん。ゆっくりとね。ハナを焦らして、何度でも溺れさせたい」
そう言って僕は胸元の乱れを直すことなく、手を胸に移す。柔らかい膨らみを掌に受け、親指で先端を軽く転がすと、君の喉から甘い吐息が漏れる。身体の奥と胸元、二つの熱が同時に刺激され、次第に息が荒くなっていく。
「もう一度……。君が僕を欲しがるその声を、もっと聞きたい」
囁くたびに、ゆっくり深く突き上げる。
決して急がず、君が次の波に身を投げ出すまで、何度も焦らし続ける。
やがて君は、背筋を弓なりに反らしながら僕の名前を切なげに呼ぶ。
「リュカ……っ、だめ……また…来ちゃう……」
「いいよ。全部僕に委ねて」
僕は背を強く抱きしめ、さらに深く押し込みながら耳元で甘く囁いた。
「一晩中、君の声を聞き続けるつもりだよ……」
――こうして僕たちは、時間を忘れ、また新しい熱の渦に呑まれていった。
僕たちが重なっているホテルの一室には、カーテン越しに街の光がぼんやり滲み込み、時間の感覚を曖昧にしていた。時計を見れば確かにもう深夜に差しかかっているのに、僕と君の間にはただ、長く伸びていく熱と吐息だけが流れていた。
僕は君を焦らすために、決して一定のリズムを保たない。浅く、ほとんど抜けてしまうほどに後退したかと思えば、今度は底まで届くほどに深く押し込む。そのたびに君は体を震わせ、小さな悲鳴を噛み殺すように僕の肩口に顔を埋める。
「……リュカ……もう……っ」
声にならない声を紡ぐたび、僕は笑みを浮かべ、わざと動きを止める。奥で繋がったまま、君の胸をゆっくり揉みほぐし、指先で敏感な先端をくすぐる。
「駄目……止まったら……もっと欲しくなる……」
「そうだろう?」
耳元で囁く僕の声は穏やかで、それがまた君を堪らなく追い詰める。
数分間、胸や首筋だけを弄ぶように愛撫してから、ようやく腰をゆっくりと動かす。焦燥と期待で熱くなりきった君は、そのわずかな刺激だけでも全身を跳ねさせ、声を洩らす。
「……っ、やだ……また……」
「いいよ、何度でも」
僕はわざと寸前で止める。
君は切羽詰まった声で「お願い…いかせて…」と涙目で訴えるけれど、僕は微笑んで首を振り、額に口づけるだけ。
「まだだよ、ハナ。もっと欲しくなってから」
胸を撫で、背を抱き、腰を揺らす。
浅い律動で君を引き上げては落とし、呼吸の乱れと共に、君の身体を限界まで高めていく。
やがて君の瞳は潤み切り、声にならない喘ぎを何度も繰り返す。
「リュカ……お願い……もう無理……」
「……可愛い」
そう呟いて僕は、ようやく深く腰を沈める。
その瞬間、君の全身が震え、弓なりに反り返り、僕の名前を何度も叫んだ。
けれど、まだ終わりではない。
僕は息荒く崩れそうな君を抱きとめ、口づけで落ち着かせながら再び緩やかに動きを始める。
「夜は長い。ハナがどれだけ乱れても、僕はまだ続けられる」
そしてまた、繋がったまま君を焦らし、愛し、欲望の渦に溺れさせていくのだった。
「リュカは…、男の人は…、こんなに長く、一度もいかないで…硬いままで…、耐えられるものなの…?」
ベッドの上で君を抱きながら、その問いかけに僕は小さく喉で笑った。
君の体はもう何度も波を越え、甘い余韻に包まれながらもまだ僕を奥でしっかり受け止めている。その密度と熱さに、僕自身も限界を何度も越えているはずなのに──まだ堪えていた。
「……普通は無理かもしれない」
僕は君の額に軽く唇を落としながら、低い声で続ける。
「でもね、ハナをじっくり愛したいって思うと、不思議と耐えられるんだ。君の表情や声をもっと見たくて……自分が解放されるよりも、その方が大事になる」
硬さを保ったままの僕が、ゆっくりと腰を押し入れるたびに、君はくぐもった声を洩らす。
「だって……っ、ずっと……そんなの、苦しくないの……?」
「苦しいよ」僕は微笑む。「でも、それ以上に甘い。ハナに求められてるって分かるから」
僕は君の髪を梳き、背中を優しくなぞりながら、さらに奥深くへ沈み込む。
「耐えられるんじゃなくて、耐えたいんだ。君のために」
君はその言葉に頬を赤らめ、目を潤ませながら小さく呟く。
「……リュカ、ずるいよ……そんなこと言われたら、もっと……欲しくなっちゃう……」
僕はその反応を嬉しそうに受け止め、唇を重ねた。
「いいんだよ、欲しがって。今夜は、どこまでも付き合うつもりだから」
そう囁きながら、僕はまた動きを深め、君の心も体もさらに熱に溺れさせていくのだった。
ベッドの上はもう夜の深みに溶け込んでいた。
窓の外では街灯が小さくまたたき、遠くの虫の声さえ夢の外の出来事のように遠ざかって聞こえる。僕と君は互いに絡み合い、気づけば六時間以上──ほとんど途切れることなく続いていた。
君は何度も果て、そのたびに甘い余韻に身を委ねた。汗で張りつく白いワンピースはとうに脱がされ、今はシーツと僕の体温だけに包まれている。僕も群青のシャツは早くに脱ぎ、リネンのパンツも床に落ちたまま。裸のまま触れ合い続け、時間の感覚を忘れていた。
──けれど、僕の中にひとつだけ残っていたのは、まだ果てていない昂ぶり。
君の内に熱を埋めたまま、耐え続けることにすでに六時間以上。君の問いかけどおり、男としては異常なほどの持続だった。
「……リュカ……、もう限界でしょ……」
君は頬を上気させ、涙のように滲んだ瞳で僕を見上げる。
僕は小さく息を吐き、君の頬に触れた。
「……そうだね。君を何度も愛し尽くすのが嬉しくて……つい、堪えてしまった。でも……もう、止められそうにない」
僕は深く唇を重ねる。舌先が君の口内をゆるやかに探り、まるで長い逢瀬の最後を刻むかのように絡み合う。
そして、ゆっくりとした律動を次第に強めると、耐え続けていた衝動がついに全身を貫いた。
「……ハナ……っ!」
低く震える声で名前を呼び、僕は深奥で限界を解き放った。長く堰き止めていた奔流が一気に溢れ出し、君を強く抱き締めながら全てを注ぎ込む。
君は僕の背に爪を立て、涙混じりの声を洩らす。
「……あぁ……、リュカ……っ……」
荒い息が絡まり、互いに汗ばんだ肌がぴたりと吸い付く。波が収まってもなお、僕は君を離さず抱きしめ続けた。
「……やっと、果てられた……」
肩で息をしながら微笑む僕に、君は安堵したように笑みを返す。
「……よかった……。リュカ、ずっと耐えてたから……心配で……」
僕は君の髪に顔を埋め、囁いた。
「ありがとう、気遣ってくれて。けど、耐えられたのは君がいたからだ。ハナを愛している証みたいなものだよ」
その言葉に君はさらに頬を赤らめ、僕の胸に顔を埋める。
夜はまだ終わらず、互いの鼓動が落ち着くまで、しばらく抱き合い続けていた。
──夜の静けさが降りている。
けれどベッドの上の熱は、いっこうに冷めなかった。
僕は君を抱きしめたまま、荒い息を整えながらも瞳を閉じられずにいた。
一度果てたはずなのに、体の芯はまだ硬さを失っていない。長い時間を堪えてきた余韻が、逆に燃え残って僕を突き動かしていた。
君もそれに気づいたのだろう。頬を染め、潤んだ瞳で僕を見上げる。
「……リュカ……まだ……なの?」
震える声に、僕は苦笑して首を振る。
「……一度で収まるほど、君への想いは浅くない。……まだ、欲しい」
そう囁き、君の唇を再び塞ぐ。柔らかな吐息が絡み、舌が深く溶け合う。
僕はゆっくりと体を押し進め、すでに敏感になりきった君の中へ再び入っていく。
君は思わず背を反らせ、甘い声を洩らした。
「……んっ……っ、リュカ……っ」
六時間以上も焦らされてきた体は、一度果ててもなお火照りを失わず、むしろ余韻のまま敏感さを増している。
君の爪が僕の背を掴み、汗ばんだ肌に線を刻む。
「……無理は……しないで……」
そう囁く君の声に、僕は耳元で囁き返す。
「無理じゃない。……むしろ、まだ止めたくない。今夜は……君を一晩中抱きたい」
群青のシャツも白いワンピースも床に落ちたまま。裸のまま絡み合う僕らの肌は汗で光り、触れるたびに熱を帯びる。
カーテンの隙間からこぼれる街の灯りが、君の頬や胸の線を淡く照らしていた。
僕はゆっくり、深く、そして長く──再び君を愛し始める。
先ほどよりも少しだけ速い律動に、君の体が敏感に応え、声を抑えきれなくなる。
「……あぁ……リュカ……、もう……っ……」
「泣きそうな声だね……かわいい」
僕はその声にさらに掻き立てられ、深く奥まで押し入る。君の全てを求めるように、名を呼びながら。
「……ハナ……僕だけを感じて」
互いに何度も口づけを交わし、指を絡め、肌と肌を重ねながら、再び濃密な夜が流れていく。
──一度果ててもなお収まらない愛情と衝動は、君を離すことを許さなかった。
──夜が深まり、時間の感覚さえ曖昧になっていく。
六時間以上も積み重ねてきた焦らしと昂ぶりの果てに、一度果ててもなお止まらなかった熱は、今もなお僕たちを飲み込み続けていた。
僕は君を抱きしめながら、ゆっくりと腰を動かす。
濡れそぼった内側が、再び僕を迎え入れる感触に包まれるたび、頭の芯が痺れるような熱に焼かれる。
「……んっ……あぁ……リュカ……」
甘い声が僕の耳に絡みつく。掠れる吐息さえ僕を奮わせ、さらに深く君を求めさせる。
「……もう、ずっと敏感で……身体が勝手に……」
君の囁きは震え、必死に耐えているのが伝わってくる。
僕はその耳に唇を寄せ、掠れた声で囁いた。
「……ハナ……僕も、もう……止められない。君と同じ瞬間に、果てたい……」
僕らの呼吸が次第に荒く、速くなる。
額と額を重ね、汗に濡れた髪が張り付き、互いの熱を逃さぬように抱き締め合う。
君の腰が自然と僕を迎え入れるように揺れ、僕の動きと重なっていく。
重なるたびに、体の奥の奥へと響く快楽が波のように押し寄せ、互いを限界へと追い込んでいく。
「……リュカ……っ、もう……もう、だめ……っ」
「……僕も……一緒に、いこう……」
指と指を強く絡め、爪が食い込むほどに握り合う。
唇を重ね、むせるような深い口づけを交わした瞬間──
二人の絶頂が、同じ波に呑まれるように重なった。
君の体が大きく弓なりに反り返り、僕の胸に爪を立てる。
僕も堪えきれず、深く奥で熱を解き放つ。
「……っ、ハナ……!」
「リュカ……ぁあっ……!」
甘い痙攣と震えが互いを支配し、強烈な快感の波に何度も飲み込まれる。
声も息も混ざり合い、天井も壁も遠く霞んでいく。
やがて力が抜け、僕は君を抱き締めたまま、ゆっくりとベッドに沈み込む。
胸と胸が触れ合い、まだ余韻に震える鼓動が二人分重なって響いていた。
「……ハナ……やっと、一緒に……」
掠れた声でそう囁くと、君は涙をにじませながら微笑む。
「……うん……リュカと……一緒にいけて……幸せ……」
夜はまだ続いている。
だが、この瞬間の濃密な一体感は、まるで時間そのものが止まったかのように永遠に思えた。
「ふふ…今日は、朝帰りになっちゃうね。みんな、私達が帰ってこなくて心配してるかも」
僕は腕の中で甘く笑う君の頬を、指先でそっと撫でた。
寝乱れた白いワンピースの布越しに伝わる鼓動はまだ早く、熱の余韻に揺れている。
「……ふふ、そうかもしれないな」
僕も苦笑しながら、額に軽く口づける。
「でも心配するよりも、きっと分かってると思う。僕と君が一緒にいるって」
「……リュカと一緒にいるってだけで、安心するかな?」
君がくすぐったそうに問いかける。
僕は少し目を細め、君を抱き寄せ直した。
「安心するよ。それに──心配させてしまったとしても、君を手放すつもりはない」
掠れた声で囁くと、君は頬を赤らめ、僕の胸に顔を埋めてきた。
静まり返った部屋に、互いの呼吸と布擦れの音だけが響く。
窓の外には夏の夜の街灯がぼんやりと揺れ、時計の針は午前を大きく過ぎている。
「……朝になったら、きっと眠そうにして歩くんだろうね」
君が呟く声は小さく、まるで夢の入口に足を踏み入れているみたいに甘い。
「眠そうにしてても大丈夫。僕が隣で支えるから」
そう言って背中を撫でると、君の肩から力が抜けていく。
「……リュカ……」
名前を呼ぶ声が、とろけるようにか細くなる。
僕はその髪に顔を埋め、囁く。
「おやすみ、ハナ。朝になっても僕の腕の中にいて」
そのまま二人は静かに目を閉じた。
まだ熱の余韻を抱きながらも、互いの体温に守られるようにして。
夜明けが来るまで──いや、朝になってもずっと、僕は君を離さないつもりだった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、淡い金色の帯となって床やベッドの端を照らしていた。
昨夜から続いた熱の名残が、まだ空気に溶けて漂っている。
僕は仰向けになったまま、胸に寄りかかって眠る君の髪を指で梳いた。
陽光に照らされて、白いワンピースの肩口から覗く肌が柔らかく光っている。
「……ハナ、朝だよ」
耳元で囁くと、君は小さく眉を寄せて、まだ夢の続きを手放したくないように目を閉じていた。
「ん……、リュカ……」
甘えた声が唇からこぼれる。
その響きが胸の奥をくすぐり、僕はくすりと笑って彼女の額に口づけを落とす。
「眠そうだね。無理に起きなくてもいいよ。もうしばらく僕の胸で休んで」
そう囁いて背を撫でると、君は気持ちよさそうに吐息を漏らした。
まるで猫のように、少し身をよじって僕の胸に頬を押し付ける。
「……ほんとに、朝になっちゃったんだね」
瞼を半分だけ開けて、眩しそうに窓の方を見やる。
「うん。夜明けを迎えても、君とこうしている時間は続いてる」
僕は優しく言いながら、君の指を取って掌の中で絡める。
細い指が僕に預けられ、体温が交わるその感覚が心地よい。
「リュカ……昨日からずっと、幸せで……夢みたい」
かすれた声でそう言う君に、僕は目を細めて答えた。
「夢じゃない。証拠に、僕の腕の中に君がいる。──君を離さないまま朝を迎えたんだから」
君は照れたように微笑み、また胸に顔を埋める。
陽射しは少しずつ強さを増して、二人の髪や肌を淡く照らしていた。
けれど部屋の中には静かなぬくもりだけが満ちていて、時がゆっくりと流れているようだった。
「……もう少しだけ、このままでいよう」
そう言って君の背を抱き直すと、彼女は安心したように小さく頷く。
僕も目を閉じ、朝の光の中で再びまどろみに沈んでいった。
まるで世界から切り離された、二人だけの静かな朝を惜しむように──。
カーテンの隙間から射す朝の光は、もう柔らかな金色から少し白みに変わっていて、部屋全体を明るくしていた。僕はゆっくりと上体を起こし、まだ胸に顔を預けて眠たそうにしている君の髪をそっと撫でる。
「ハナ……朝ごはん、ここで食べようか?」
そう囁くと、君は半分夢の中のような声で「……ん、いいな……」と呟く。僕は微笑んで、立ち上がり、部屋に備え付けられていた木製の小さなテーブルへ向かった。
テーブルの上には、昨夜ホテルのスタッフに頼んでおいたルームサービスの籠が置かれている。クロワッサンや小さなバゲット、バターとジャム、切り分けられたフルーツ、ポットに入った熱いコーヒーと紅茶──簡素ながらも清潔で香り豊かな朝食だ。
僕はポットの蓋を開けて、白いカップにコーヒーを注ぐ。部屋いっぱいに漂う香ばしい香りが、眠気を少しずつ溶かしていく。
「ハナ、パンが焼きたてだよ。起きられる?」
そう声を掛けると、君は少し不機嫌そうにシーツの中でもぞもぞと身じろぎした。白いワンピースが寝癖のように少し皺になっていて、肩口がずれて肌がのぞいている。
僕は笑みを浮かべ、ベッドに戻って君の腰を抱え、軽く引き寄せる。
「ほら、少しだけ頑張って。僕が支えるから」
そのまま抱き起こすと、君はまだ瞼を重そうにしながらも僕の肩に頭を預けてきた。
「……ん、リュカ……甘やかしてくれるの?」
「もちろん。君にはそうしてあげたい」
そう囁きながら君をゆっくりテーブルまで連れて行き、椅子に座らせる。
僕はナプキンを広げて君の膝に掛け、クロワッサンを一口大にちぎって、バターを塗り、手で差し出した。
「熱いうちにどうぞ」
君は照れくさそうに笑いながら、僕の手からぱくりと口に入れる。
「……ん、美味しい」
口いっぱいにパンを頬張って嬉しそうにする君の表情に、僕は心を溶かされる思いで微笑む。
「コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「リュカはコーヒーでしょ?じゃあ、私は紅茶かな」
僕は君のカップに紅茶を注ぎ、少し冷めるようにスプーンでゆっくりかき混ぜてから渡す。君は両手で包み込むように持ち上げ、まだ少し眠たげな目を細めて香りを楽しんでいた。
「ん……いい匂い」
「朝に似合う香りだね。……ハナの髪にも、少し紅茶の香りをまとわせたいくらい」
思わず口にすると、君は少し赤くなって「もぅ……」と笑った。
その後も、僕はフルーツをフォークに刺して差し出し、君がそれを口に含むたびに幸せそうな顔をするのを眺めた。
オレンジの果汁が唇の端に残ると、僕はナプキンでそっと拭ってやる。
「こうしてると……なんだか、新婚みたいだね」
君が小さく呟いた言葉に、僕の胸がぎゅっと熱を帯びた。
「……いいね、それ。なら、ずっと続けていこうか。朝食も、夜の夢も、全部一緒に」
そう言って、僕は彼女の指先を取って口づける。
テーブルの上にはまだ温かいパンと香る飲み物が並び、窓の外では街がゆっくりと目覚め始めていた。
けれどこの部屋の中は、二人だけの小さな世界のように穏やかで──
時間を忘れてしまうほどに優しい朝が流れていた。
テーブルに残ったパンやフルーツの香りがまだ漂っているのに、君はカップを両手で持ったまま、ゆっくりと僕の方へと身体を傾けてきた。眠気と満足感と、ほんのり甘い余韻をまとった瞳。その仕草があまりにも愛らしくて、僕は思わず椅子を引き寄せ、君の肩にそっと腕を回した。
「……リュカ、やっぱりベッドがいい」
君が小さな声でそう言った瞬間、僕の胸の奥がくすぐられる。
「うん、じゃあ戻ろうか」
僕は君の手からカップを受け取り、テーブルに置いた。立ち上がり、君の腰に手を添えて支えながら、またベッドへと導く。
ベッドの白いシーツは少し乱れていて、朝日が差し込む窓辺からは、柔らかな光がふたりの足跡を追いかけるように床に広がっていた。
君をゆっくりと横たえ、裾がふわりと広がった白いワンピースを整える。肩口から滑り落ちていた布地を指で直してやりながら、僕はその首筋に軽く唇を触れさせた。
「……紅茶の香り、まだ残ってるね」
君は目を細めて小さく笑い、両腕で僕を抱き寄せる。シーツの上でからみあう指先、互いの鼓動が少しずつ近づいていくのが分かる。
「こうしてるとね……外の音も全部遠くなる。朝なのに、また夢の中みたい」
君の囁きに、僕は額を重ねて応える。
「夢なら、もう少し長く続けよう。……ハナが安心して眠れるまで、僕が隣で包んでる」
僕はゆっくりと君の背中を撫でながら、深く口づけを落とす。昨夜からの熱がまだ完全には収まっていない。だけど今は焦らず、ただひたすらに優しく、時間をかけて。
唇を離すと、君は頬を赤く染めて視線を逸らしながらも、胸の前で僕のシャツをぎゅっと掴んで離さなかった。群青の布地の下、僕の鼓動がその手に伝わっているのを感じるのだろう。
窓の外では夏の朝らしい蝉の声が高まり始めていた。けれどこの部屋の中は、シーツの白と朝光に包まれて、別の季節のように静かで、温かかった。
僕は片腕で君を胸に抱き寄せ、もう一方の手で髪を撫でながら耳元に囁く。
「……まだ時間はたっぷりある。ここで、君とだけ過ごしたい」
君の瞳は潤みを帯びながら僕を見上げ、次の言葉を探すように唇を震わせた。
ベッドの白いシーツに横たわる君の吐息は、まだほんのり熱を帯びていて、僕の胸に伝わってくる。さっきまでの高鳴りの余韻が残っているのに、君の声はどこか穏やかで、安心したように少し弛んでいた。
「…家では、二人で過ごせなくもないけど、なんだかんだ皆がいるからね。こうやって家を離れて二人で静かに過ごすのは、なんだか新鮮で、ゆったりしてていいな…」
そう呟きながら、君は僕の胸のあたりに顔をうずめる。
僕はその髪を指で梳きながら、微笑んだ。
「そうだね……家だと、ディランやセイランの声がどこかで聞こえてくる。安心するけど、完全に二人きりってわけじゃない。こうして静かな部屋にいると、時間がゆっくり流れてるみたいだ」
窓から差し込む夏の光はカーテンを通して淡く柔らかく、白い壁に溶け込んでいる。風が通るたびにカーテンがゆるやかに揺れて、かすかに外の蝉の声が混じった。街のざわめきは遠く、まるで自分たちだけが別の空間に隔てられているように感じられる。
「リュカの服、ちょっとシワになっちゃってるね」
君が僕の胸元に触れ、群青のシャツの生地を指で摘む。僕は笑って肩をすくめた。
「ハナがぎゅっと掴んでたからね。……でも、こうやって付いた跡も、君と過ごした時間の証みたいで嬉しい」
「……もう、そういうこと言う」
君は少し照れたように目を細め、僕の胸に額を当てて隠す。僕はその頭をやさしく抱きしめ、しばらく何も言わずに静かに撫で続けた。
やがて、君の呼吸が少しずつ深く、ゆるやかになっていく。眠気がまた君を包み込んでいるのだろう。
「……眠くなってきた?」
問いかけると、君は小さく頷き、まだ目を閉じないままぼんやりと僕を見上げる。
「でも……寝ちゃうのもったいない気がする。リュカと過ごす朝、全部覚えていたいから…」
「眠っても大丈夫だよ。忘れないように、僕が全部覚えてる。ハナの寝顔も、声も、温もりも」
そう囁いて、僕は彼女のまぶたにそっと口づけた。
君は安心したように目を閉じ、僕のシャツを軽く握ったまま体を預ける。その仕草が小さな子どものようで、守りたくて仕方なくなる。
僕は君を包むように横向きになり、背中に布団を掛けてやる。夏の空気は温かいけれど、冷房の風が肌を撫でるから、肩口まで覆ってあげた。
部屋には二人の呼吸だけが残り、蝉の声さえ遠のいていく。僕はその静けさを味わいながら、君の寝息が落ち着いたリズムに変わっていくのを確かめ、目を閉じた。
「……おやすみ、ハナ」
耳元に小さく囁いて、僕もそのまま深い眠りへと落ちていった。
白いシーツの中で微睡んでいた君が、ふいに思い出したように目を開ける。その瞳はまだ少し潤んでいて、頬には眠気の余韻が残っている。僕はその変化を見逃さずに、髪を指で梳きながら「どうした?」と静かに問いかけた。
「…そういえば、トイレ…」
君は少し照れくさそうに言葉を切り出し、気怠さの残る身体をそろそろと起こす。シーツが肩から滑り落ち、白いワンピースの布地が乱れたまま背中を撫でる。僕はその仕草に、昨夜の余韻がまだ君を包んでいるのを感じた。
「昨日、リュカがトイレ見せてくれたの…嬉しかったし、かっこよかったな。恥ずかしそうな感じがなくて、自信がある感じがして」
君は振り返ってそう言い、唇の端に小さな笑みを浮かべる。まるで自分でも少し大胆なことを言っていると自覚しているように、視線をわずかに伏せながら。
僕は片肘をついて身体を支え、群青のシャツの襟を直しながら、彼女の言葉を静かに受け止めた。
「……そう感じてくれたんだね」
低く囁いてから、目を細めて君の表情をじっと見つめる。
「ハナは……僕のそういうところ、全部見てくれるんだ」
君は少し頬を染め、唇を指先でなぞりながら続けた。
「……私のも見たい…?」
問いかける声は小さく震えていて、どこか甘えるような響きを含んでいる。
その言葉に、僕はしばらく黙ったまま君を見つめた。心臓が静かに脈を打ち、蝉の声が遠くで続いているのに、部屋の中はひどく静まり返っていた。
「……見たいよ」
正直に答えた僕の声は、思ったよりも深く落ち着いていた。
「ハナが僕に全部を委ねてくれるなら、その一瞬さえ、大切にしたい」
僕はシーツをそっとめくり、まだ重そうに動く君の肩に手を添えて立ち上がるのを助ける。白いワンピースの裾が足首に絡み、君は小さく息を吐きながら立ち上がった。その仕草ひとつひとつが、昨夜からの繋がりを物語っていた。
「……ふふ、なんだか緊張するね」
君が小さく笑うと、僕はその耳元に唇を寄せた。
「僕もだよ。でも、君が望むなら――どんな姿も、愛しい」
二人でゆっくり歩き出す。裸足の足裏が床に触れるたび、乾いた木の冷たさが伝わり、現実の生活感を強く意識させた。昨夜の夢のような熱の余韻と、今ここにある日常がひとつに溶け合う。
扉の向こうには、また新しい“二人の秘密”が待っている。
白いワンピースの裾を指で押さえながら、君は少し気怠げに歩みを進める。僕はその背に寄り添い、片手をそっと腰に添えて支える。廊下の木の床は夜の湿気でほんのり冷たく、裸足の君の足裏にその感覚がリアルに伝わっていた。
浴室と並んだ奥に、小さなトイレのドア。昨夜、僕が何気なく案内した場所だ。君はその前に立つと、ドアノブに手をかけて、ふっと僕を振り返った。
「リュカ……本当に、見たいの?」
頬を朱に染めながら、視線を泳がせて。
僕は静かに頷く。
「……見たい。ハナが僕に見せたいと思うなら、全部受け止める」
その言葉に、君は長いまつ毛を伏せて、小さな呼吸をひとつ整える。
「……ふふ。じゃあ……恥ずかしいけど」
君はそう言ってドアを押し開けた。
中はごく普通の、白い陶器の便器と、小さな手洗い場がついた簡素な空間。外の強い夏の日差しから切り離され、少しひんやりとした空気が漂っていた。生活感の残る小さな棚には、白いタオルと替えのトイレットペーパーがきちんと積まれている。
君は僕をちらりと振り返り、扉を閉めずに中へ入る。裾の長い白いワンピースが便器の前でふわりと広がる。
「……座るところ、ちゃんと見ないでね」
恥ずかしそうに言いながらも、君はゆっくり腰を下ろす。僕の視線は彼女の仕草ひとつひとつを丁寧に追い、頬の赤み、震える指先、ぎこちなく足を揃える様子までも鮮やかに焼きつける。
やがて――、小さな水音が室内に広がる。最初は細い音が途切れがちに落ち、すぐに一定のリズムを刻むようになった。
君は唇を噛みしめて、僕から視線を逸らす。けれど、その横顔にはどこか安堵したような影も浮かんでいた。生活のごく当たり前の瞬間を、僕が見守っている。その現実が、逆に深い信頼の証のように思えた。
僕はその場に立ったまま、群青のシャツの袖を少し捲り、腕を組むようにして静かに見守る。視線は真剣で、決してからかいも嘲笑もなく、ただ彼女のすべてを受け入れる覚悟だけを示していた。
水音がやがて収まり、便器の中で小さな余韻が響く。君は小さく「……終わった」と囁き、顔を両手で覆う。耳まで真っ赤に染まっている。
僕はゆっくり近づき、彼女の頭に手を置いて、髪を撫でながら囁いた。
「……ありがとう。恥ずかしかったろうに。でも、僕に見せてくれた。それが嬉しい」
君は顔を覆ったまま、指の隙間から僕をちらりと見て、困ったように笑った。
「……変だよね、私。でも、リュカなら……いいかなって」
僕はそっとその手を引き寄せ、彼女の額に唇を触れさせる。
「変なんかじゃない。僕にとっては、どんな瞬間もハナの一部なんだ。全部愛しい」
君は少し肩の力を抜き、便座に座ったまま僕の胸へ額を預けてくる。僕はその小さな頭を抱き、狭い空間の中でしばし静かに寄り添った。
ドアの外では、夏の蝉の声が途切れなく続いている。けれどこの狭い空間は、二人だけの秘密の世界になっていた。
君がトイレの扉をそっと閉め、僕と一緒に廊下を歩き出す。足音は控えめで、裸足の小さな歩幅に合わせるように僕もゆっくりと進む。群青のシャツの袖が、君の白いワンピースの布地に時折触れ、くすぐったいくらい近い距離を保ったまま。
寝室に戻ると、窓から差し込む朝の光が白いカーテン越しに柔らかく広がっていた。昨夜から続く長い時間を経て、室内は少し乱れている。シーツはしわくちゃに広がり、ワンピースの裾や僕のリネンパンツもところどころ皺を帯びている。その生活感が、不思議と愛おしい。
「……やっぱり、外に出てたら、みんな心配してるかもしれないね」
君が苦笑混じりに呟く。
僕はベッド脇で振り返り、彼女の手を取って優しく引き寄せる。
「……心配してるだろうね。でも今は、まだ二人だけの時間を続けたい」
君は頬を赤くしながらも素直に頷き、そのままベッドに腰を下ろす。シーツの感触が素肌にひやりと心地よく、深い余韻に包まれるように息を吐き出す。
僕は彼女の隣に腰を下ろし、背後から抱きしめた。群青のシャツの胸元が彼女の肩越しにかかり、布越しに感じる僕の体温がじんわり伝わる。君は少しだけ身体を預けるようにして僕の腕の中にすっぽり収まり、白いワンピースの布地が胸元で柔らかく皺をつくる。
「……なんか、帰ってきてベッドに座ったら安心した。昨日から、ずっと夢みたいで……」
君の声は掠れ気味で、けれどとても穏やか。
僕は頷きながら、彼女の肩から首筋へかけて髪をそっと撫で下ろす。髪の香りが朝の光に混じり、かすかな甘さを漂わせる。
「……夢みたいな時間にしてくれてありがとう。ハナのすべてを、僕に見せてくれた」
君は少し照れくさそうに笑い、振り返って僕の胸元に顔を埋める。その仕草があまりに自然で、愛おしさが胸の奥に溢れる。
僕はゆっくりと彼女をベッドに横たえ、胸の上に手を添えた。白い布の下で柔らかな膨らみが呼吸に合わせて上下し、そこに指先をそっと添えて形を確かめるように撫でる。彼女は小さな吐息を漏らし、両手でシーツをぎゅっと握る。
「……リュカ……」
名前を呼ぶ声は甘くかすれ、まるで眠気と快感の境目にいるよう。
僕はその声に応えるように、胸元を丁寧に、まるで長い時間をかけて確かめるように愛撫する。指先が布越しに円を描き、時折ゆっくりと押し込む。その度に、彼女の身体はわずかに反応し、呼吸が速くなる。
「……大丈夫。ゆっくりだから。まだ朝が来たばかりだ。もっと、続けられる」
耳元で囁くと、君は目を閉じ、唇を噛みしめながら頷いた。
僕は彼女を抱きしめたまま、静かにシーツに倒れ込み、再び二人の時間を始める。外では蝉が鳴き続けているけれど、この小さな部屋の中は、ただ僕と君だけの世界だった。
胸元に僕の手がそっと添えられ、白いワンピースの柔らかな布地を隔てて、指先が小さく円を描いている。呼吸に合わせて上下する胸の感触は、指先に伝わりながらも、優しくゆったりとしたリズムを保っていた。
君はシーツに仰向けになりながら、半分ほどまぶたを閉じ、けれどふいに思い出したように僕を見上げる。濡れたように潤んだ瞳が、光を受けて揺れ、少し迷いを孕んだ色を帯びていた。
「リュカ……」
小さな声で名前を呼び、胸に触れる僕の手をぎゅっと両手で包み込む。
そして、ほんの一瞬ためらいを見せたあと、ぽつりと──
「……さっきのトイレで、興奮した……んじゃないよね……?」
言葉の終わりはか細く、恥ずかしさに押しつぶされそうに震えていた。
僕は驚きと同時に、柔らかい愛しさが込み上げて微笑んでしまう。彼女は横たわったまま、恥ずかしさに顔を赤くして、視線を逸らそうとするけれど、すぐにまた僕の瞳を探すように戻してくる。その仕草が、まるで子供のように無垢で、しかし女としての色気を帯びていて、心を掴んで離さない。
僕は彼女の手を包み返し、胸元からそっと離すと、代わりに頬へと触れた。
「……興奮、というのとは少し違うかな」
低く落ち着いた声でそう答え、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「確かに、君がそうやって僕の前で素直になってくれることは……胸が熱くなる。でもそれは欲望だけじゃない。もっと、心の奥から愛しいと思う気持ちの方が強いんだ」
僕の言葉を受け止めながら、彼女は恥ずかしそうに唇を噛む。その小さな仕草に、布越しの胸がほんの少し上下する。僕はその動きを目で追いながら、改めて指先を彼女の胸元に戻し、布越しに撫でてやる。
「……君は、僕がどう感じたのか気になったんだろう?」
囁くと、彼女は小さく頷く。その頬は熱を帯び、呼吸は浅くなり、指先はシーツをくしゃりと握りしめていた。
僕はさらにゆっくりと胸の形を確かめるように撫でながら、唇を耳元に近づける。
「大丈夫。僕は君を恥ずかしい目で見たりしない。むしろ、君が僕に全部を見せてくれたことが、誇らしくてたまらないんだ」
その言葉に、彼女は小さく震え、胸を反らすようにして僕の手を受け入れる。瞳はとろんと潤み、唇は半開きになりながらも、まだどこか不安げに僕を見上げていた。
僕の言葉にまだどこか疑いを残すように、君は視線を揺らしながら僕を見上げていた。白いワンピースの胸元を撫でる僕の指に反応して、呼吸が乱れているのに──「本当にそうなの?」と問い詰めたそうな光を宿している。
僕は少し笑みを深め、囁きながら顔を近づける。
「……ふふ、君って本当に可愛いな。そんなふうに僕を疑うなんて……でも、気になって仕方なかったんだろう?」
頬が一層赤くなり、君は小さく首を振る。けれど、胸を撫でる僕の指先が布の上から乳首をかすめると、途端に吐息が漏れて、言葉は声にならず飲み込まれてしまった。
「顔はそんなに真っ赤なのに、身体は正直に反応してる……」
僕はわざと耳元で囁き、声を低く落とす。彼女はたまらずシーツを握りしめ、胸を逃がそうとするけれど、僕の手は執拗に布越しに愛撫を続ける。
「ねえ……。トイレのことがそんなに恥ずかしかった? それとも……君自身も少し、興奮してたんじゃない?」
その言葉に君の瞳が揺れ、頬が熱を帯びて視線を逸らす。まるで図星を突かれたかのように。僕はそんな仕草すら愛おしくて、さらに追い込むように優しく笑った。
「……答えなくてもいいよ。その反応だけで、十分伝わってるから」
そう言って、胸の上から指先でゆっくり乳首を摘まむと、彼女は押し殺したような声を洩らし、身体をくの字に折る。
僕はその動きを逃さず、片手で胸を弄びながら、もう片方の手で彼女の顎を掬い上げ、視線を僕に固定させる。
「君がどんなに恥ずかしくても……僕は全部見て、全部愛して、可愛がる。だから、もっと赤くなって、もっと戸惑って……僕に全部見せて」
恥ずかしさと甘さに震えながら、君は抗えず僕の胸元に手を伸ばし、指先でぎゅっとシャツを掴んだ。その小さな抵抗を、僕は微笑みながら優しく受け止め、さらにじっくりと胸を愛撫していった。
「ね…もう…リュカ…、昨日いっぱいしたから…私もう…イケないよ…」
君が小さな声でそう呟いた瞬間、僕の手を両手で包んで止める仕草は、とても頼りなくて、逆に愛おしさを煽った。白いワンピースの薄布越しに伝わる温もりと鼓動が、君の言葉とは裏腹に「まだ感じている」ことを示している。
僕は君の手に包まれたままの自分の手を、逃げもせずにそっと力を抜き、微笑んで顔を近づけた。
「……そう言いながら、ほら……まだ身体がこんなに熱い。声も震えてる」
低い声で囁きながら、君の耳朶をかすめるように吐息を落とす。
「昨日たくさん重ねたのは確かだ。でもね、君の“もう無理”って言葉は、不思議といつも僕を信じさせてくれないんだ」
僕はわざと指を動かさず、胸元に添えたまま止める。その静止した指先が余計に存在を主張して、君はシーツを掴む手に力を込めた。
「……リュカ、だって本当に……もう……」
か細い声で抗議するけれど、君の目はとろりと潤んでいて、逃げるよりも惹き寄せられているように見える。
僕はその視線を逃がさず、優しく顎をすくい上げて顔を覗き込む。
「なら、僕に証明してごらん。……本当にもうイケないってこと、身体で示してみて?」
からかうように微笑んで言うと、君の唇が小さく震えて開き、息が詰まったように何も言えなくなる。
その反応が可愛くてたまらず、僕は胸を包む君の両手ごと優しく押し戻し、ゆっくりと再び撫で始める。布越しに硬くなった頂を指でなぞり、ほんのわずかにひねる。途端に君は「ん……っ」と小さな声を漏らして、身体をよじった。
「ね? こうしてすぐに声が出る。君の身体はまだ……僕を求めてる」
僕は唇を重ね、吸うようなキスを落としながら囁く。君の抗おうとする仕草と、逆らえず溶けていく反応。その矛盾ごと、僕は抱きしめて離さない。
やがて、彼女は自分の手で僕の手を止めるのをやめ、逆にそっと握りしめる。まるで「もう好きにしていい」と許しを与えるように。僕はその意思を確かめるように目を細め、さらに胸を弄ぶ指先に力を込めていった。
君が僕の手を拒むことをやめ、そっと握りしめてきた瞬間、胸の柔らかさをなぞっていた僕の指先は、ゆっくりと滑るように動きを変えた。白いワンピースの布地をたどりながら、肋骨の起伏を沿って下へ──腹部へと指を移す。
薄布越しに感じるお腹の温もりは、胸とは違って静かに波打っていた。君は恥ずかしそうに息を止め、でも逃げずに僕の動きを待っている。
「……力、抜いて。怖がる必要なんてないよ」
そう囁きながら、僕はおへそのあたりで一度手を止め、親指で小さな円を描いた。途端に君の肩がびくりと震え、シーツを掴む手に再び力がこもる。
その反応が可愛くて、僕は笑みを浮かべた。
「……お腹も、こんなに敏感なんだね」
耳元に吐息を落とすと、君は真っ赤な顔で「リュカ……」と名を呼ぶだけ。
そこからさらに、僕の手はワンピースの裾へとゆっくり移動していった。裾をほんの少し持ち上げ、太もものラインに指先を這わせる。夏の日差しで火照った肌は柔らかく、なぞるたびに小さく震えた。
「ふふ……ここは、もう隠しきれないくらい熱い」
僕の低い声が耳をくすぐる。君は足を閉じるように動かすけれど、その仕草さえ僕には甘い抵抗にしか見えなかった。僕は膝の外側から内側へ、指で緩やかな弧を描きながらゆっくりなぞり続ける。
やがて、君の太ももが次第に開いていき、僕を受け入れるように力を抜いていった。呼吸は浅く、吐息は熱を帯び、全身が甘く震えている。
「大丈夫。……僕がいる。君の全部を見て、全部を愛してる」
そう言って唇を重ねながら、さらに腰骨へと手を移し、掌全体でその細い形を包み込んだ。
僕の手は、あえて核心には触れず、君の腰骨や太ももの柔らかな肌を何度も往復する。ワンピースの裾は少し持ち上がったまま、布と指先の間に小さな隙間ができ、そこから熱がこもった甘い空気が漏れていく。
「リュカ……そこばかり……」
小さな声で抗議するように言うけれど、その響きには明らかに期待と甘さが混ざっていた。
僕は微笑んで、耳元に唇を寄せる。
「わざとだよ。……君の身体が、どこまで待てるか、知りたいから」
指先は腰骨をゆるやかになぞり、時におへそ近くへ、時に太ももの内側へ。けれどあと一歩で核心に触れるところで必ず逸れていく。君は身をよじらせるように腰を浮かせ、シーツをぎゅっと掴んでしまう。
「ん……っ、もう……」
声が震えている。
僕はその姿にますます欲を募らせ、太ももに沿って指を這わせながら、わざと膝のすぐ上で止めた。親指の腹で円を描くように撫でると、君の呼吸が乱れ、肩が小刻みに上下する。
「ほら……ただ撫でているだけなのに、もう熱い」
わざと低く囁くと、君は顔を赤くし、目を逸らして小さく首を振る。
僕はそんな反応を楽しみながら、ふいに両手で太もも全体を包み、掌で温もりを伝えた。指をすこし強く食い込ませれば、君は「ひゃっ」と声をあげて足を震わせる。だが僕はさらに執拗に、外側から内側へ、内側からまた外側へ──その繰り返しでじっくり時間をかけて焦らした。
「リュカ……お願い……」
震える声でそう漏らす君の髪を、僕は片手で撫で、もう片方の手でまた太ももをなぞる。
「焦らされるのも……悪くないだろ?」
囁く声には、愛しさと独占欲が入り混じっていた。
僕は太ももから手を離し、君が少し安心したその隙を狙うように、ゆっくりと顔を近づけた。
「ハナ……」
名前を呼ぶ声は、低く、ひどく柔らかい。
唇が重なる瞬間、僕は深く息を吐き、君の下唇をそっと吸った。わざと時間をかける。吸い、離し、また吸い直し──舌を絡めるよりも前に、唇だけでじっくりと甘さを引き出す。
「……んっ……」
君の声が震えるたびに、胸の奥が熱くなる。僕はそのまま頬を包み、今度は角度を変えて深く口づけた。舌先が触れ合った瞬間、君はびくりと肩を揺らし、シーツを握りしめる。
「……どう? 身体より、心の方が先に蕩けてるんじゃないかな」
囁きながら、再び唇を重ねる。舌をすべらせ、甘く絡め取りながら、呼吸の合間に小さな声を漏らさせていく。
君は胸を反らし、僕にもっと近づこうとする。その仕草がたまらなく愛おしくて、僕は背に腕を回し、身体ごと抱き寄せた。ワンピース越しに伝わる熱が互いに混ざり、夏の夜の空気まで甘く濃厚に変わっていく。
「ハナ……僕のことだけ感じて。ほかは何も考えなくていい」
そう言って、また唇を塞ぐ。長く、長く。時間を忘れるほどに。
君の視線はすでに潤んで、僕を映す瞳が溶けそうに揺れていた。
僕は君の唇からゆっくりと離れた。吐息が重なったまま、至近距離で微笑む。
「……可愛い。こんなに赤くなって」
そう囁きながら、今度は頬に軽く触れ、そこから唇をすべらせていく。耳の下、首筋へ──舌先でひとすじなぞり、熱を残すようにゆっくりと。
「ん……っ」
君の喉から甘い声が漏れる。僕は首筋にそっと吸い付き、跡が残るか残らないかの強さで舌を這わせる。
ワンピースの肩紐へ指をかけ、少しずつずらしていく。白い布地が滑り落ち、鎖骨の上、胸の上部がわずかに露わになった。そこへ唇を落とす──一度だけじゃない。吸って、離して、舌で湿らせて、また吸う。時間をかけて、胸元全体に花を咲かせるように。
「……リュカ……もう、恥ずかしい……」
かすれた声が僕を責めるようで、でも拒んでいない。むしろ細い腕が僕の背に回り、もっと近くにと引き寄せてくる。
僕はその反応に笑みを浮かべながら、片方の胸元に唇を這わせ、もう片方は布越しに親指でゆっくり円を描いた。下着の上から伝わる熱と感触が、指先に確かな存在を伝えてくる。
「……ねえ、ハナ。全部、僕に委ねてくれる?」
唇を胸のふくらみに押し当てながら囁く。
君は小さく頷いて、震える吐息をもらした。
僕は胸に、さらに深く口づけを落とす。柔らかな感触を舌でなぞり、甘い声を一つずつ引き出しながら、首筋へ戻ってはまた胸へ、ゆっくり、何度も焦らすように繰り返す。
時間が溶けるように過ぎ、部屋の中は静かなはずなのに、君の息づかいと僕の囁きだけが響いていた。
ワンピースの肩紐を完全に落とすと、布地の下から柔らかな肌が現れる。僕はゆっくりと視線を落とし、その胸のふくらみを両手で包むように撫でた。指先で形を確かめるようにゆるやかに円を描き、親指で頂点に触れると、君の身体が小さく震えた。
「……リュカ……」
掠れる声で僕の名前を呼ぶその響きが、さらに甘美に火を点ける。
僕は胸元へ顔を寄せ、片方の先端に舌先をそっと触れさせた。ひと撫でするだけで、君の喉からくぐもった声が漏れる。今度は唇で軽く包み込み、温もりと湿り気でじっくりと刺激する。舌先を小さく弧を描くように動かし、時にゆっくりと吸い上げる。
「ん……あっ……リュカ……っ」
胸の奥から絞り出される声が、僕の耳に甘く響く。
片方を口で愛撫しながら、もう片方は指先でつまみ、軽く転がして、緩急をつけては解放する。唇と指で同時に異なる刺激を与え続けることで、君は腰をわずかに浮かせ、僕にすがりつく。
僕はその仕草さえも愛おしく、さらに深く先端を口に含んで舌で転がす。唇を離した瞬間には冷たい空気が肌を撫で、そこへまたすぐに温もりを戻してやる。わざと焦らすように繰り返し、じっくりと時間をかけて。
「……もう、だめ……、頭が……ぼうっとする……」
君は僕の肩に爪を立てながら、涙をにじませるように潤んだ目で僕を見上げる。
「大丈夫……僕が全部受け止める。ゆっくりでいい。もっと感じさせて」
囁きながら、唇を胸から胸へと移し、同じようにじっくりと口づけ、舐め、吸い上げる。
やがて僕の口づけに合わせて君の胸が上下に揺れ、甘い声と熱い吐息で部屋は満たされていく。
白いカーテン越しに差し込む光はすでに強くなり、窓辺の時計は午前十時に近づこうとしていた。夜を越えて愛し合い、まだ互いの余韻の中にあるはずなのに、僕の視線と指先は君を手放そうとしない。
胸元に口づけを残したまま、僕は顔をゆっくりと下げていく。柔らかい胸のふくらみを舐め尽くすように味わったあと、唇で小さな痕を刻み、鎖骨からみぞおちへ、じりじりと焦らすように辿る。
「……リュカ……もう、朝なのに……」
か細い声でそう漏らす君の手は、無意識に僕の髪を撫でていた。
「朝だからこそ、今の君を独り占めしたい」
低く囁きながら、僕はワンピースの薄布を指先でめくり上げ、腹部に触れる。白い生地の下から現れる素肌は夜通しの熱でまだ火照っていて、ほんのり汗の粒が光っている。そこに唇を落とし、舌で小さくすくい取るように伝わせると、君は小さく震えた。
お腹へゆっくりと口づけを散らしながら、僕は両手で腰を包むように支え、指先でなぞる。腹部から下へ進むたび、君は息を吸い、吐息が乱れる。太腿の付け根近くまで舌先が届いた瞬間、声にならない声を上げ、シーツを握り締めた。
「……だめ……、そんなにゆっくりされたら……」
君は足を閉じかけるが、僕は優しく押し開き、白いワンピースの裾をさらに捲り上げた。黒いサンダルを脱ぎ捨てている僕の足音が、床の上で静かに響く。
太腿へ移った唇は、表から内側へとゆっくりと進んでいく。片方の手で反対の太腿をなぞりながら、唇はしっとりと柔らかな内側に近づく。熱を帯びた肌に小さな痕を刻むたび、君は腰を浮かせて震え、乱れた髪を振り乱して僕を見下ろす。
「リュカ……もう……これ以上焦らしたら……っ」
切なげに潤んだ瞳で僕を呼ぶ声は、夜明けから続く熱をさらに煽る。
「まだ終わらせないよ。君の全部を、朝になっても確かめたい」
囁きながら、僕は腰から太腿へ、そしてさらに奥へとゆっくりと口づけを落としていく。
窓の外はすでに賑やかな朝を迎えているのに、この部屋の中はまだ二人だけの夜が続いているかのように、静かで濃密な熱に満ちていた。
窓辺のカーテンから射し込む光はもう真昼のように眩しく、時計の針は午前十時を指そうとしていた。外では人々の生活が始まっているのに、この部屋の中だけは、まだ二人だけの世界の続きが濃く息づいている。
僕は君の両脚をそっと開かせ、太腿の付け根にゆっくりと唇を落とした。柔らかな肌に触れるたび、小さな震えが走り、君はシーツをぎゅっと握りしめる。
「……リュカ……そんな、ゆっくり……」
かすれる声で名を呼びながらも、拒む力はなく、むしろ僕を求めるように腰が僅かに揺れた。
唇を重ねるたびに、その奥から漂う熱と匂いが僕を誘う。片手で君の腰を押さえ、もう片方の手で布越しに下着の上をなぞる。白いワンピースはすでに大きく捲り上げられ、布の隙間から覗く君の素肌は、夜を越えてなお熱を孕んで艶やかに輝いていた。
「こんなに……熱を帯びてる。僕を欲しがってるんだね」
低く囁きながら、指先で下着の布地をゆっくり撫でると、すでに湿りを帯びていて、抵抗なく沈み込む。君は顔を赤らめて目を逸らしたが、その仕草さえ僕をさらに煽った。
「……もう……っ、見ないで……恥ずかしい……」
そう小さな声で言う君に、僕は優しく唇を重ねるようにして囁く。
「全部、僕に見せて。夜も、朝も、君のままでいて」
そのまま顔を下げ、下着の上からゆっくりと舌を這わせる。布地越しに伝わる熱に、君は大きく背を反らせて声を漏らした。舌先で円を描くたびに布地が濡れ、透けていく。
「……リュカ……だめ……そこ、直接は……っ」
必死に制止しようとする声を受け止めながらも、僕は下着の端を指でそっと掴み、布をずらしていく。わずかに露わになる秘めた場所に朝の光が差し込み、その生々しい色合いと艶が僕の視線を釘付けにした。
「綺麗だよ……君のここも」
熱を帯びた息をかけながら、僕は唇を近づけた。
舌先が直接触れた瞬間、君の全身がびくんと大きく跳ね、声が抑えきれずに零れる。両手で顔を覆いながらも、腰は抗えず僕の方へと傾いていく。
「……っ、リュカ……もう……やめて……っ」
言葉と裏腹に、濡れた奥からは僕を受け入れるような熱が絶え間なく溢れてきていた。
僕はその全てを受け止めるように、舌で優しく掬い、吸い上げ、丁寧に愛撫していく。外の朝のざわめきが遠のき、君の荒い息と熱だけがこの部屋に満ちていく。
僕の舌先が秘めた場所の奥をゆっくりと掻き分けるたびに、君の身体は細やかに震えて応える。すでに朝の光が満ちる部屋の中で、君の肌は汗に濡れ、まるで露をまとった花のように艶やかに輝いていた。
「……っ、あぁ……リュカ……」
小さな声が堪えきれず零れ落ちる。君はシーツを握りしめ、背を大きく反らしながら僕の口元に引き寄せられていく。
僕は焦らすように外側を舐め、円を描き、時に舌先を尖らせて深部へと差し入れていく。奥から溢れる熱を受け止めながら、ゆっくりと、執拗に、君を追い詰めていく。
「ここ……弱いんだろう?」
舌を一瞬止め、低く囁きかける。
「……そんな……言わないで……」
君は顔を横に振って拒もうとするが、舌先を再びそこへ触れさせると、甘い声が耐えきれずに漏れた。
僕は舌の動きをさらに深く、さらに速くしていく。ひとつひとつの動きで、君の脚が小さく跳ね、腰が無意識に僕を求めて沈み込む。背筋が波打ち、胸の先端が震えながら立ち上がり、君の身体はもう抑えきれないほどに反応していた。
「……だめ……もう……だめ……っ」
君は顔を覆って必死に声を押し殺そうとするが、全身は赤く染まり、吐息は荒く熱を帯びている。
僕は唇でその場所を吸い上げ、舌で一気に奥を探る。まるで君の全てを啜り取るかのように、強弱をつけて繰り返す。
「んっ……ぁ……っ、リュカ……っ……もう……!」
ついに君の声は押さえきれず、震える身体から快感が溢れ出す。両手はシーツを掴み切り裂かんばかりに握り、脚は僕の肩を挟み込んで離さない。
僕はその余韻すら逃さず、舌で優しくすくい取りながら、まだ震え続ける君を落ち着かせるように撫でていった。
「……ほら、まだ……僕の舌を離せてないよ」
冗談めかして囁くと、君は顔を赤くして首を振る。
「……違うの……勝手に……身体が……」
その言葉を愛おしく受け止め、僕はさらに深く舌を這わせた。君の身体は再びびくんと跳ね、限界を超えた快感に溺れていく。
僕は舌を止めない。君がさっき果てたばかりで、まだ痺れるような余韻に浸っているのをわかっていながら、あえてそのまま舌を奥へと差し入れていく。
「……んっ……ぁ、リュカ……っ……やだ……もう……」
小さな声で訴えるけれど、腰は逃げられず、むしろ僕の舌に縋るように沈んでいく。
僕は意地悪く、敏感になりきったそこを円を描くように舐め回す。余韻でさらに敏感になった身体は、ほんの少しの刺激にも跳ねて、君は声を押さえきれない。
「……ひぁ……っ、あ、あぁ……っ!」
喉を震わせ、胸を両手で押さえて耐える君。その指先すら震えていて、必死に快感を堪えようとしているのが伝わってくる。
僕はそんな姿を愛おしく思いながらも、舌の動きを速め、深く差し込んだり、浅くすくったり、絶え間なく責め立てていく。
「……もう……だめ……っ、リュカ……いく……また……!」
君は目を潤ませ、腰を小刻みに震わせながら限界を訴える。
その瞬間を逃さず、僕は吸い上げるように唇を密着させ、強く舌を這わせた。
「んっ……! あっ、あぁぁ……っ!」
全身が弓のように反り返り、二度目の絶頂が君を貫く。
震えの波が収まる前に、僕は舌の動きを弱めず続ける。
「……っ、ま、待って……リュカ……! 無理……っ」
涙を滲ませ、声を上げる君に、僕は低く囁いた。
「いいよ、全部任せて。もっと感じて、もっと僕に委ねて」
再び舌を奥へ、優しくも逃さないように這わせる。敏感すぎる場所を的確に突かれて、君の身体は理性を超えて震え続ける。
「……ぁ……っ、んんっ……! やっ……また……っ!」
今度は短い間隔で三度目の絶頂が襲い、君はシーツに爪を立てて声を上げた。
僕はその震えを受け止め、逃がさぬよう脚を押さえ、まだ舌を止めない。絶頂の波が収まりきる前に次を誘い、何度も何度も、君を果てさせていく。
「……リュカ……もう……っ、ほんとに……っ……頭……真っ白に……」
君は涙を伝わせ、息も絶え絶えに訴える。
それでも僕は優しい声で囁く。
「大丈夫。僕がいる。ほら、もう一度……僕に全部委ねて」
君の身体は再び快感に飲み込まれ、震え、声を上げる。絶頂が幾度も重なり、君はシーツに身を沈めながら、僕に全てを預けていた。
君の声は、掠れて今にも途切れそうだった。何度も快楽に飲み込まれた余韻で全身が震え、喉も乾ききっているのに、どうしても僕に伝えたくて搾り出した言葉。
「りゅ…リュカ……も、ホントにダメ……もうイケない……」
その懇願を聞いても、僕はすぐには舌を止めなかった。
震える脚の内側に僕の腕を差し入れて固定し、唇をそっと這わせながら、君の甘い痕跡をすくい取るように舐める。
「……そう言いながら、まだこんなに熱いよ」
低い声で囁き、指先でそっと触れると、余韻で敏感になりすぎているそこが小さく痙攣する。君は思わず背を反らし、シーツを握りしめて耐えようとする。
「や……ぁ、リュカ……っ……ほんとに……」
声にならない声で訴えるけれど、僕はその涙まじりの顔すら愛おしく思えてしまう。
だから、唇を離し、代わりに濡れた指先でゆっくりと撫でて、呼吸を落ち着かせるように優しく整える。
「……大丈夫。もう無理にイカせたりしない。今はただ、君の余韻をなぞってるだけ」
そう囁きながら、胸元に顔を寄せて、汗に濡れた柔らかな膨らみをそっと舌で辿った。敏感な先端に息をかけると、君は思わず震えながら僕の名を呼ぶ。
「……リュカ……」
僕はその声に応えるように、胸に口づけを落とし、包み込むように優しく吸った。舌で転がしながら、もう片方の胸を掌でゆっくり撫でる。
決して強すぎない、けれど逃げられない温度で、君の震えを受け止め続けた。
「……まだ震えてるね。無理にイカせなくてもいい。ただ、君をこうして抱いて、愛していたいんだ」
耳元でそう告げながら、舌で胸を丁寧に転がす。君は痺れるような余韻の中で身を捩り、けれど逃げられず、ただ僕に委ねるしかなかった。
──息も絶え絶えの余韻の中で、君は震える睫毛をゆっくり持ち上げて僕を見上げた。
胸はまだ上下に波打ち、指先はシーツを掴んだまま。何度も絶頂を繰り返した熱が抜けきらず、頬には赤みが差している。
「……リュカのは……どうなってる……?」
掠れた声。けれどその眼差しは、確かに僕を求めていた。
僕は少し肩で息をしながら、腰を君の視線に晒すようにずらした。白いリネンの布地はとうに乱れて、股間に固く主張するものの形がはっきりと浮かんでいる。君の目にそれが映った瞬間、細い喉が小さく上下した。
「……こんなふうに、ずっと君を見てたら……抑えられるはずがない」
低く囁き、布越しに硬さを指でなぞると、君は熱に溶けたような目で僕を見つめ続けた。
そして、赤らんだ頬をさらに染めながら、勇気を振り絞るように唇を開いた。
「……私……リュカが……自分でするの……見てみたい……」
その言葉に、胸の奥が熱く震えた。驚きと同時に、どこか誇らしいような、君の奥底まで委ねられたような気持ち。
「……本当に、いいの?」
問いかけると、君は震える手でシーツを握りしめたまま、こくりと小さく頷いた。
僕はゆっくりと姿勢を変え、群青のシャツを片手で緩めて裾をはだけた。下腹がわずかに覗き、リネンパンツの結び目に手をかける。黒いサンダルを脱ぎ、足元を解放すると、部屋に静かな空気が落ちた。
パンツを少し下ろすと、君の視線がそこに吸い寄せられる。すでに張り詰めた熱が、硬さを主張しながら立ち上がっている。
君は唇を噛みしめ、言葉を失ったように僕を見つめていた。
「……見てて」
低く告げると、僕は掌を添え、ゆっくりと扱き始めた。
余韻に浸る君の前で、動きは決して急がず、根元から先端へと丁寧に滑らせる。濡れた音がかすかに室内に混じり、君の呼吸が浅くなっていく。
君は胸を押さえながら、震える声を漏らした。
「……リュカ……すごい……私のために、こんなに……」
僕は笑みを滲ませ、さらに手を動かす。
「君がそう言うからだよ。……僕を見ているだけで、まだ熱くなるんだ」
君は瞳を潤ませ、恥ずかしそうに視線を逸らしかけて、けれどすぐまた僕を見た。その仕草ひとつひとつが、僕をさらに昂ぶらせる。
──君の言葉に促されて、僕はゆっくりと手を上下させていた。
根元から先端まで丁寧に扱くたび、熱を帯びた硬さが脈打ち、部屋の空気を濃くしていく。
その様子を見ていた君は、シーツの上で身を起こし、頬を紅潮させながら小さく息を呑んだ。
「……やっぱり……触ってみたい」
震える声でそう言いながら、君はおそるおそる僕の手に自分の手を重ねてきた。
柔らかな指先が絡み、僕の手の動きに導かれるように上下する。僕の熱を掌で確かめた瞬間、君の肩がびくりと震えた。
「……あつい……、こんなに……」
か細い声が零れ、君の指はぎこちなくも確かに僕をなぞっていた。
僕はその様子をじっと見つめ、低く囁く。
「君の手で触れられると、もっと昂ぶる……。僕を見て」
君は恥ずかしそうに瞳を潤ませながらも、逸らさずに見つめ返した。
二人の手が重なって、ゆっくりとした律動を刻む。静かな部屋に、湿った音と重なり合う呼吸が混じる。
しばらくそうしていたが、君はふと僕の手を押し下げるようにして制し、躊躇いがちな眼差しで僕を仰いだ。
「……リュカ……最後まで……私が……口で、受け止めたい」
胸の奥を震わせる告白だった。僕はしばし息を詰め、熱を抑えきれない眼差しで君を見つめ返す。
「……本当に、いいの?」
問いかけると、君は唇を震わせながら小さく頷いた。
その決意を受けて、僕は背を少し後ろに預け、君の方へ腰を寄せた。
君は膝立ちになり、長い髪を耳にかけながら、視線を僕の昂ぶりに注ぐ。吐息が熱を孕み、先端をかすかに濡らした。
震える唇が近づき、やがて柔らかに触れた。
「……っ」
僕は低く声を漏らす。君はためらいながらも唇を開き、熱を飲み込むように口腔に迎え入れた。
舌先が慎重に触れ、唇が根元へと密着する。温かな湿度が僕を包み込み、手の代わりに君の口が上下に動いた。
僕の呼吸は荒くなり、腰がわずかに反射する。
「……すごい……君が……」
低く掠れた声が洩れる。
君は恥ずかしさと必死さが入り混じった眼差しで僕を見上げながら、さらに深く口へと含んでいく。喉奥に届きそうになるたび、涙がにじみ、けれど君はそれでも引かない。
やがて、堪えていた熱が限界に達し、僕の腹筋が強張る。
「……もう……出る……!」
短く告げると、君は頷く代わりにさらに唇を深く押し当て、喉奥で受け止めた。
熱が一気に弾け、君の口内を満たす。
君は瞼を震わせながらも、必死に受け止め、すべてを呑み込もうとする。喉が上下するたび、僕の視界は白く霞んでいった。
静寂の中、君はようやく唇を離し、乱れた呼吸を整えながら僕を見上げた。
頬は赤く、口元にはわずかに濡れた痕跡が光っている。
「……リュカの……全部、ちゃんと……受け止めたよ……」
その健気さに胸が熱くなり、僕は君を強く抱き寄せた。
「……ありがとう。君がしてくれたこと、忘れない」
君の髪に顔を埋め、互いの鼓動を確かめながら、しばらく静かに寄り添い続けた。
僕はまだ荒い呼吸を繰り返しながら、君の肩を抱き寄せた。
茶色の髪が乱れて頬にかかっていて、光を受けて柔らかく揺れる。濡れた吐息で少し湿ったその髪を、指先でそっと梳きあげた。
「……無理をさせたね」
そう囁きながら、僕は君の額に唇を寄せる。君は赤い頬を俯けながらも、小さく笑った。
「……だって、リュカのこと全部知りたかったから……」
胸が詰まるような想いに駆られ、僕は君をさらに腕の中へ引き寄せた。
布団に倒れ込むように抱きしめると、君の華奢な身体が小さく震える。茶色の髪がシーツの上に広がり、糸のように散らばる。僕はその一本一本を大切に撫でるように、手のひらで梳いていった。
「……気持ちよくしてくれた君に、僕も返さないといけないね」
そう言って頬にキスを落とし、耳の後ろ、首筋へと唇を滑らせる。君の肌はまだ絶頂の余韻で熱を帯びていて、触れるたびに淡く震えが走る。
「ひゃ……リュカ……」
君の声は甘く掠れ、胸にすがるように僕の背に腕を回す。その仕草があまりに愛おしくて、思わず深く息を吐いた。
茶色の髪を耳にかけて、頬を正面から見つめる。潤んだ瞳が揺れていて、そこに映る僕自身を見た瞬間、どうしようもなく抱き締めたくなった。
「君は……どこまでも僕を夢中にさせる」
そう囁いて、君の唇を優しく塞ぐ。ゆっくりと舌を絡め、熱を分かち合いながら、身体の緊張をほどいていく。
やがて唇を離すと、君は切なげに細い声で言った。
「リュカ……、こうしてくれるのが一番、安心する……」
僕は頷きながら、茶色の髪を何度も撫で、額にキスを重ねた。
そしてしばらく、互いの鼓動を重ね合わせるように抱き合い、午前の静けさの中でゆったりとした時間を過ごした。
僕は君の唇からそっと離れ、まだ熱の残る頬を掌で支えた。
「喉、乾いただろう?」
枕元に置いてあった水のグラスを手に取って、君の唇へ静かに傾ける。茶色の髪が揺れて頬にかかるのを指先で整えながら、君が一口、また一口と飲み下すのをじっと見守る。
「……ありがとう」
水分を含んだ声は少し潤んでいて、安堵が混ざっている。その響きに胸の奥がじんわりと温かくなる。
君はグラスを置き、シーツに背を預けたまま小さく息を吐いた。
そして、思い出したように呟く。
「…お風呂か、シャワー…浴びないとね。昨日入れなかったから…」
茶色の髪の隙間から覗く瞳が、少し照れくさそうに揺れている。
僕はその視線を受け止めて、小さく笑った。
「そうだね。ゆっくり身体を休めながら、綺麗にしようか」
君の肩を支えて起こすと、まだ余韻で力の入りきらない身体が僕の腕に預けられる。ふらつきそうになるたび、僕は腰に手を回して支えた。
「無理はしなくていい。僕がついてるから」
耳元で囁くと、君はわずかに頬を赤らめて、こくりと頷いた。
浴室へ向かう足取りはゆっくりで、床に落ちる二人分の足音さえ穏やかに感じられる。
扉を開けると、タイルに差し込む午前の光が柔らかく反射して、室内をほの明るく照らしていた。
「湯船を張ろうか? それとも、まずシャワーにする?」
僕の問いに、君は少し考えるように瞳を伏せ、
「…シャワーかな。さっぱりしたい」
と小さく答える。
僕は頷き、蛇口をひねる。
シャワーヘッドから流れ出る水がやがて適温へと変わり、静かな水音が浴室に広がる。
その音を聞きながら、君の茶色の髪に触れた。昨日の熱の名残で絡まっている部分を、指先でそっとほぐす。
「君の髪……濡れるともっと柔らかくなるんだろうな」
呟くと、君はくすぐったそうに笑った。
「リュカって、そういう細かいことよく見てるよね…」
僕は微笑みながら、その茶色の髪を耳にかけて、頬へ口づけた。
「全部、見ていたいから」
シャワーの下に二人で立ち、温かな水が髪を、肌を流していく。
君は小さな吐息をもらしながら目を細めて、肩に当たる水流に身を委ねている。
僕はその背に手を添え、掌で優しく撫でるようにして水を馴染ませた。
「こうしてると……本当に昨日から続いてる時間が、ゆっくり解けていくみたいだね」
そう囁きながら、君のうなじに軽くキスを落とす。
茶色の髪が濡れて首筋に貼りつき、その隙間から覗く肌が妙に色っぽく見えて、息が詰まるほどだった。
シャワーの水音が、やわらかくタイルに弾けている。
僕は蛇口を少しひねって温度を確かめると、手桶に湯を受け、君の肩からそっと流した。
茶色の髪が濡れて、しっとりと肌に沿う。湯気に包まれた君の横顔は、まだ少し眠たげで、柔らかな余韻に沈んでいた。
「冷たくない?」
僕が問いかけると、君は小さく首を振って「うん、大丈夫」と微笑んだ。
石鹸を泡立てながら、僕はその泡を掌に広げ、まず君の首筋に触れる。
「……くすぐったい?」
「ん…ちょっと。でも気持ちいい」
そう言う君の声に安堵し、僕は優しく泡を伸ばしていった。
鎖骨をなぞるように、肩、腕へと。茶色の髪先が腕に触れて、泡と一緒に滑っていく。
僕の指先が手首に触れたとき、君は小さく身を震わせた。
「大丈夫?」
「……うん。ただ、リュカに触られてるの、意識しちゃって…」
頬を赤く染める君に、僕は静かに笑みを落とす。
「意識してくれてるのは嬉しいけど……今日は労わるだけだよ」
そう囁き、今度は背中へ。肩甲骨の辺りを円を描くように撫で、背筋に沿って下へと泡を馴染ませていく。
君は前に手をつき、少し猫のように背を丸めながら僕に身を委ねていた。
「力加減はどう?」
「ちょうどいいよ…ほんとにマッサージみたい…」
くすぐったさと安らぎが入り混じった声に、僕の手も自然とさらに丁寧になる。
腰から脚へ。太腿の表をなぞるように、ゆっくりと泡を滑らせる。
君は視線を泳がせながら「リュカ、細かいとこまでちゃんと洗ってくれるんだね」と照れくさそうに呟いた。
「君に触れるところは、全部大切だから」
その答えに、君は言葉を失ったように唇を閉ざし、赤くなった頬を伏せた。
最後に、僕は君の茶色の髪を手に取り、泡を馴染ませる。
指を通すたび、絡まりがほどけて、髪がさらさらと広がる。
「昨日のままだと少し絡まってたからね。…やっぱり綺麗だ」
囁くと、君は目を閉じて心地よさそうに微笑んだ。
すすぎ終えた頃には、浴室は甘い石鹸の香りと、君の小さな吐息で満ちていた。
僕は最後に背中を流してやりながら、低く囁いた。
「さ、すっきりしたろう? このあと湯船に浸かって、もっと温まろうか」
君は振り返り、濡れた茶色の髪を揺らしながらこくりと頷いた。
その笑顔は、湯気の中でひどく柔らかく見えて、僕の胸をまた強く締めつけた。
「湯船、溜めたんだね」
君はそう言って、少し安心したように吐息を洩らしながら浴槽に近づく。
湯気の立ちのぼる湯面がやわらかく光を反射して、浴室全体を温かく包み込んでいた。
僕は蛇口を締め、湯加減を確かめるように指先を軽く沈める。
「ちょうどいい温度になってる。先に浸かってて」
促すと、君は茶色の髪を耳にかけながら、そっと足先からお湯に身を沈めていった。
「ん……あったかい」
肩までお湯に沈んだ君の頬が、みるみる赤らんでいく。その表情に、僕も自然と頬を緩めた。
「……リュカは、まだ洗ってないでしょ? 見てていい?」
湯船に両肘をかけながら君がこちらを見上げてくる。
その視線を受け止め、僕は苦笑しつつ「いいよ」と答える。
石鹸を泡立て、僕は肩から腕へと泡を伸ばしていく。
鏡越しに、湯船から君の視線を感じる。
「……ほんとに丁寧に洗うんだね」
湯に揺られながらそう呟く声に、僕は少し照れながらも動きを止めず、胸から腹へとゆっくり泡を馴染ませる。
君は顎を湯縁にのせ、じっとこちらを眺めている。
「なんか、リュカが自分を大切に扱ってるのを見るの…いいな」
小さな声に、僕は肩を揺らして笑い、「君が見てるから余計に丁寧になってるのかも」と返した。
髪を洗い流すとき、僕は俯いてシャワーを浴びる。そのとき、茶色の髪の君が小さく笑った。
「リュカが髪濡らしてると、やっぱり綺麗だね。銀色って水滴で光って、宝石みたい」
思わず振り向くと、君は湯船に頬を埋めるようにしながら、恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
身体を洗い終えると、僕は湯船の前に膝をつき、君を見つめる。
「待たせたね。入ってもいい?」
君は「うん」と頷き、少し場所を詰める。
僕はゆっくりと湯に身を沈め、肩まで浸かった瞬間に全身がほどけていくのを感じた。
狭い浴槽にふたり並んで肩を寄せると、君の茶色の髪が僕の肩に軽く触れた。
「……やっぱり一緒がいいね」
君が囁く声が、湯気の中でやけに近く感じられる。
僕は湯船の縁に片腕を回し、君を包むように引き寄せた。
「うん。静かで、あったかくて……こうしてると時間を忘れる」
お湯の表面には、ふたりの肩や髪から落ちた雫が小さな輪を描きながら広がっていく。
浴室はしんと静かで、聞こえるのはお湯の揺れる音と、互いの小さな息遣いだけ。
そのささやかな生活の一場面が、なにより贅沢に思えた。
お湯の心地よさに身を委ねながら、僕は君の肩に自分の肩を寄せた。
茶色の髪の先が湯にほどけ、揺れるたびに小さな波紋を作っては消えていく。
「……昨日は、ずっと疲れてて入れなかったから。やっぱりお風呂っていいね」
君は湯縁に頬を預け、ぼんやりとした目で天井を見上げながら呟く。
「そうだね。浸かるだけで、体がゆるんでいく。君の顔も少しずつ柔らかくなってきた」
僕がそう囁くと、君は薄く笑って「そんなに疲れて見えてた?」と聞き返す。
「うん。でも今は、ただ気持ちよさそうな顔してる」
湯気のせいか、頬の赤らみはさらに濃くなり、君は照れ隠しのように両手でお湯をすくって遊び始めた。
ぱしゃ、と滴が僕の腕や胸元に飛び散り、じんわり熱を残す。
「ねぇリュカ、こうやって二人でお風呂に入るの、初めてだよね」
「そうだね。家だと、なかなかこうやってゆっくり二人きりにはなれないから」
「なんか不思議。湯気に包まれてるだけなのに、安心する」
君は言葉の合間に目を閉じ、僕の腕に頭をもたせかけてきた。
重みはごく軽いのに、心の奥まで届くような感覚になる。
「……リュカの心臓の音、ここからも聞こえそう」
「試してみる?」
冗談めかして言うと、君は笑いながら耳を僕の胸元に近づけ、ぴたりと触れた。
しばらくじっとしていたあと、小さく「ほんとに聞こえる……」と呟く声が、今度は僕の心臓を早めた。
「落ち着くね……」
「それは僕の台詞だよ」
そう言って肩越しに君の茶色の髪を撫でる。濡れた髪は指に絡み、温かい滴が伝ってお湯に落ちていく。
しばらくは、互いに何も言わずに湯に揺られていた。
ぽちゃん、と小さな音がするたびに、外の世界から切り離されたような安心感に包まれる。
やがて君がふと口を開く。
「こうやって一緒にいるだけで、なんか十分だな……って思っちゃう」
「うん。僕もだよ。何もしなくても、ただ隣にいて、同じお湯に浸かってるだけで満たされる」
君は照れくさそうに目を細めて僕を見上げ、そのままゆるりと寄りかかってきた。
僕は背に手を回し、少し強めに抱き寄せる。
お湯の熱と君の体温とが重なり、もうどちらがどちらかわからなくなる。
「ねぇ……あとどのくらい浸かってる?」
「君が眠くなるまで」
「ふふ……じゃあ、まだしばらくは出られないね」
湯気に溶けるような君の笑い声が、浴室の静けさに柔らかく響いた。
湯の熱に頬を赤らめながら、君は僕の胸に寄りかかって小さく息を吐いた。
「……こうやってると、なんか全部がどうでもよくなるね。昨日までのことも、明日やらなきゃいけないことも」
「うん。お湯の中にいると、余計なことは流れていく。残るのは、君と僕だけ」
僕がそう答えると、君は少し顔を上げて僕を見つめた。
茶色の髪の濡れた束が頬に貼りつき、雫がひとつ、顎を伝って落ちる。
「……ねぇ、リュカ。私、こういう時間をもっと欲しいな」
「こういう時間?」
「二人だけで、静かにしてるだけの時間。なにも飾らなくていいし、なにも気にしなくていい……ただ、隣にいるだけの」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
僕はそっと彼女の頬を撫で、湿った肌の感触を確かめながら微笑んだ。
「僕もそう思ってた。君と一緒なら、どんな時間だって特別だけど……こうしてただ寄り添うだけの時間は、格別だね」
君は少し照れたように唇を噛み、やがて小さく笑った。
「……リュカ、なんかそういう言い方すると、恋人っぽい」
「恋人っぽい、じゃなくて……恋人なんだよ」
耳まで赤くなった君は、慌てたように視線を逸らす。
けれどすぐに僕の胸にまた額を預け、囁くように呟いた。
「……そうだね。うん、恋人だもんね」
お湯の中で手を探すようにして、指先が僕の手に触れた。
ぎゅっと握りしめられるその温もりに、胸がさらに熱くなる。
「……こうやってるとね、安心する。リュカはどこにも行かないって、ちゃんとわかるから」
「行かないよ。君が望む限り、僕はずっと隣にいる」
「……ずっと、だよ?」
「ずっと」
重ねた言葉に、君は小さく頷き、安心したように目を閉じた。
湯気の中、僕たちの吐息だけが重なり合い、時間が止まったようにゆるやかに流れていく。
湯から上がった僕たちは、ゆったりとした余韻を纏いながら部屋に戻った。
まだ湿った髪をタオルで軽く押さえ、君はゆったりとした部屋着に着替えてソファに腰を下ろす。窓から差し込む昼の光が、床の上に柔らかい模様を落としていた。
君はふと思い出したように声を上げる。
「昨日、リュカが買ってくれた本、気になるな。詩集と、航海誌…だったよね?」
僕は頷きながら、机の上に置いていた二冊を手に取った。片方は布張りの装丁に金の箔押しが施された小さな詩集。もう片方は厚みのある航海誌で、擦れた革表紙から長い旅の重みが滲み出ている。
「どっちから読む?」と僕が尋ねると、君は迷った末に「詩集」と答える。
本を開くと、紙の香りがふわりと漂う。
僕は指で一編をなぞりながら声に出して読み始めた。
『星霧の詩(うた)』より
夜を横切る風のなかで
君の声は、まだ揺れている
見えぬものを照らす光は
足もとに影をつくる
それでも僕は歩きたい
その影を踏みしめながら
まだ見ぬ朝の
静かな海を信じて
君はじっと耳を澄ませていた。
「……なんだか、私のことを歌ってるみたい」
そう呟く横顔に、僕は思わず微笑む。
次に、航海誌を開いた。重たいページをめくるたび、インクの薄れた文字や古びた地図が現れる。
『北方航海記』 第三章 抜粋
“六月十七日。朝焼けの中、氷の裂け目から鯨の背を見た。
船員たちは声をあげたが、私は静かに目を凝らした。
鯨の呼気は霧のように白く、陽の光に照らされ虹を描いた。
あれはただの獣ではない。海そのものの息吹に違いない。
この記録を読む者よ、思い出してほしい。
海は道であり、同時に心臓の鼓動なのだと。”
読み終えると、君は小さくため息をついた。
「……詩集は心の奥に染み込んでくるし、航海誌は景色が浮かんでくる。どっちも違うけど、どっちもいいな」
僕は本を閉じて君の隣に座り、タオルでまだ湿った茶色の髪を優しく拭った。
「午後のひとときに読むのに、ちょうどいい本だったね」
「うん。…なんか、まだ旅が続いてるみたいな気持ちになる」
窓の外では昼の陽射しが傾き始め、部屋の空気に少しだけ眠気を混ぜていった。
昼の光がやわらかく射し込む部屋。
君はソファに腰を下ろし、膝に詩集を広げていた。まだ少し湿った茶色の髪は肩にかかって冷たく、その雫が白い部屋着の襟をほんのり濡らしている。
僕はドライヤーを手に取り、コンセントを差し込む。
「読んでていいよ。僕が乾かしてあげるから」
そう言って、君の後ろに回り込んだ。
温風がふわりと髪を持ち上げる。僕は指を梳かしながら束を少しずつ分け、乾き残しが出ないように丁寧に風を当てる。君は首を少し傾け、本の文字を追いながら声を出した。
『静寂の岸辺』より
誰もいない波打ち際に
足跡だけが続いていく
寄せては返す白い波は
過ぎた日々をさらい
また新しい砂を残す
その上を歩くたび
人は思い出を背にする
それでも消えないのは
手を取り合った温もり
詩を読み終えると、君は少し笑みを浮かべる。
「…きれいだね。静かなのに、胸がじんとする」
僕はドライヤーを止めて、髪を両手でそっと広げながら風合いを確かめる。しっとりとしていた茶色の髪は、もう八割方乾いて、やわらかな光を含んで揺れていた。
「もう少しで乾くよ。その間に、次も読んでみて」
僕が促すと、君は航海誌を手に取り、声を整えてページをめくる。
『東方海路日誌』 第六章 抜粋
“八月二十四日。南東の海にて。
夜明けの雲が朱に染まる頃、見知らぬ小島を発見した。
浜辺には白い鳥が群れ、空を裂くように飛び立った。
一羽が船を追うように帆の上を舞い、我らを導くかのように。
島影に灯る火を見た。
人の営みか、あるいは幻か。
この旅が何を示すのかはまだわからぬ。
ただ、海が語りかける声に耳を澄ますしかない。”
君の声を聞きながら、僕は残った髪の毛先を丁寧に乾かし、最後に指先でふわりと梳いて整える。
温風を止めると、静けさが戻り、詩と航海の余韻だけが残った。
「……ありがとう、リュカ。乾いたね」
君はそっと髪に触れて確かめ、安心したように微笑んだ。
僕はドライヤーを片付けながら言う。
「詩集も航海誌も、どちらも“旅”の話みたいだったね。外に出る旅も、心の中を歩く旅も」
君は頷き、本を閉じて胸に抱きしめた。
昼の光の中で、僕たちの小さな時間もまた、一つの旅の記録のように積み重なっていった。
君が茶色の髪を肩に落として、ほんのり乾ききった毛先を指先で弄びながら、顔を少し傾けて僕を見上げる。昼の光を受けて、瞳が柔らかく揺れた。
「どうする…?そろそろ帰る…?」
その声は、帰ってほしいわけでもなく、ただ確認するような、少し寂しげな響きを帯びていた。
僕はソファの背にもたれている君の姿を眺め、少し間を置いて答える。
「……帰ろうと思えば帰れるけど。君が“帰ってほしい”って思ってないなら、もう少し一緒にいたい」
君は少し頬を赤らめて視線を逸らし、唇を噛んでから小さく首を振る。
「…ううん、帰ってほしいなんて思ってないよ。ただ…時間がもうこんなに過ぎちゃったんだなって」
時計の針は午後を指し始めていて、窓から差し込む光もだんだん傾きを見せ始めていた。
僕は君の手にそっと触れ、指を絡めながら微笑む。
「じゃあ、少しのんびりして、それから考えよう。僕は君の気持ちを優先するから」
君は繋いだ手を胸の上に抱き寄せるようにして、安心したように息を吐いた。
「……じゃあ、もうちょっと一緒にいて」
その囁きは、昼の柔らかな空気の中で確かな願いとなって響いた。
窓から入る昼の光が少しやわらかく傾き始めた頃、君が僕の手を軽く引いて立ち上がる。茶色の髪が肩で揺れて、まだほんのりお風呂上がりの余韻を残す香りが漂った。
「じゃあ、お昼だし、昨日市場で買ったパンとぶどうがあるじゃん、それ食べようよ」
少し楽しそうに言うその声に、僕は自然と頬を緩める。
キッチンの棚から紙袋を取り出すと、中には昨日二人で選んだバゲットとクロワッサンがまだ香ばしく残っていた。紙袋を開いた瞬間、香ばしい小麦の香りがふわりと広がる。
「……まだこんなに香りがいい。昨日のうちに半分食べちゃわなくてよかったな」
君は頷きながら、テーブルに白いクロスを敷いて皿を並べる。その動作ひとつひとつが楽しげで、まるで小さなピクニックの準備のようだった。
僕はバゲットを手に取り、ナイフで軽く切り分ける。ザクッという心地よい音が部屋に響き、焼きたてではないのに中から小麦の甘い香りが立ち上った。
「外はしっかり硬いのに、中はまだ柔らかいな」
「ほんとだ。市場のパン屋さん、やっぱり人気なだけあるね」
君はクロワッサンを皿に並べながら、その層の美しさに目を細める。手に取ると、薄い生地がほんの少し剥がれて指にくっついた。
「サクサクしてる…いい音しそう」
そう言いながら一口かじると、ハラリと層がほどけ、バターの香りが口の中いっぱいに広がったらしく、君の頬がふわりと綻んだ。
「ん…バターの香りがすごい。リュカも食べて」
君は小さな一片を僕の口元へ差し出してくる。僕はその指ごと軽く口に受け入れ、わざとらしく頷いた。
「……君の食べ方のほうが、美味しそうに見えるよ」
照れくさそうに笑う君の頬がまた少し赤くなった。
ぶどうも籠に盛り、二人で指先を伸ばしてつまむ。冷やしてはいなかったけれど、薄い皮の向こうから果汁が甘酸っぱく弾け、パンの塩気とちょうどよく混ざった。
「パンとぶどうって、昔の人も旅の途中で食べてたんだろうね」
君がそんなことを言いながら、ぶどうを二粒ほど僕の口に放り込んでくれる。僕は笑いながら噛み、果汁の滴る音をわざと君に聞かせた。
「……ほら、こうやって聞こえるだろ。甘いのが伝わる」
「やだ、そんなこと言わないでよ」
そう言いながらも、君の笑みは楽しげに揺れていた。
テーブルの上はバゲットの切れ端、クロワッサンの薄い層、ぶどうの小さな軸が散らばって、なんとも人の生活らしい温かな景色が広がる。
僕らは向かい合って椅子に座るのではなく、自然に並んで座り、互いの皿を行き来させながら食べ続けた。
「こういう何でもない時間が、一番贅沢に感じるな」
僕が言うと、君は口を小さく動かしながら頷く。
「うん。昨日はいっぱい動いたし、今日はのんびりしてていいよね」
パンの香ばしさとぶどうの瑞々しさが混ざる昼の空気は、まるで小さな旅の続きのように心地よかった。
テーブルの上でパンくずとぶどうの茎が散らかる頃、君は籠から最後のひと房を取って僕に差し出した。
「はい、リュカ」
ぶどうの粒が指先から転がり落ちそうになるのを、僕は軽く手で受け止めて、そのまま君の視線を射抜くように見つめる。
「……投げてみる?」
「えっ?」
驚いて目を丸くする君に、僕は少しだけ口角を上げて見せた。
「当ててごらん。僕が全部受け止めてみせるから」
わざと低い声でそう言うと、君は一瞬戸惑った後、楽しそうに笑みを浮かべた。
試しに一粒を軽く放る。ぶどうは小さな弧を描き、僕の口に吸い込まれるように収まった。
「……っ!ほんとに入った」
「簡単だよ。次も」
君は次第に距離や角度を変えて投げてくる。僕はわざと身体を動かさず、首を傾けるだけで正確に受け止めていった。茶色の髪がふわりと揺れる君の笑顔を正面から受けながら、余裕の表情を崩さない。
「リュカ、なんかかっこつけてる…」
「かっこつけてるんじゃない。君を楽しませてるんだ」
真顔で返すと、君は一瞬言葉を失い、頬を赤くした。
やがて君がわざと難しい角度で投げると、僕はすっと手を伸ばし、空中で受け取った粒をそのまま君の唇へと運ぶ。
「今度は、君の番」
指先で軽く押し込むように食べさせると、君の瞳が一瞬揺れて、胸の奥でくすぐったい熱が広がっていくのが伝わった。
「……リュカ、ずるい」
「ずるくなんてない。勝ち続ける男は、ただ君を見てるだけでいい」
囁くように言ってから、最後のぶどうを自分の口で受け止め、勝者のように微笑んだ。
テーブルの上は散らかったままなのに、空気は妙に甘くて、二人だけの遊びがまるで小さな秘密みたいに感じられた。
テーブルの上には、ちぎったバケットの欠片やクロワッサンの屑、葡萄の茎が無造作に転がっていた。二人で笑って遊んだ余韻が残る空気の中で、君が小さく息を吐く。
「……片付けようか」
そう呟く君の横顔を見て、僕は少し肩を竦めて立ち上がった。
「いいよ。僕がやる」
そう言って残った籠を手に取ると、君は首を横に振って、膝立ちで僕の横に来る。
「一緒にやろ。二人でやったほうが早いし」
僕は苦笑しながらも、手伝おうと伸ばした君の手を一瞬だけ捕まえた。指先にまだパンくずがついている。僕はそれを指で摘み取り、軽く君の唇に触れさせるように見せてから口に放った。
「……まだ残ってた」
「リュカってば……そういうことするから、ずるいんだよ」
君は頬を染めて、慌てて皿をまとめ始める。
僕はその横顔を見ながら、器用にパン屑を払い集め、ひとつの皿に載せていく。君が小さなクロワッサンのかけらを摘んで差し出すので、僕は何気なくそのまま口を開けて受け取った。
「はい、あーん」
「……子供扱い?」
「ううん、ただのご褒美」
茶色の髪が揺れながら、君はいたずらっぽく笑う。
やがて机の上はきれいになり、最後に葡萄の茎をまとめて籠に収めた。僕は手を払って立ち上がり、君の肩にタオルをぽんと掛ける。
「ふぅ……終わったな」
「うん、すっきりした」
でも次の瞬間、君が僕の背中にパン屑をひとつ隠していたのを見逃さなかった。僕は即座に振り返って、その手首を捕らえる。
「……君、まだ隠してたな?」
「えっ、ばれた?」
「当然だろ」
捕まえた手をそのまま引き寄せると、君は小さく悲鳴を上げながら僕の胸に倒れ込む。
「リュカっ……片付け中だってば」
「片付けはもう終わった。今度は、君を捕まえる番だ」
耳元で低く囁くと、君は目を丸くしてから、抵抗するように身を捩った。でも力は弱く、すぐに笑いながら僕の胸に顔を埋めてしまう。
整えたばかりのテーブルを背に、片付けの延長みたいなふざけ合いが、次第に甘い戯れに変わっていった。
テーブルの上を片付け終えたのに、僕たちの間にはまだ遊び心の火種が残っていた。君を抱き寄せた腕を少し強めにすると、君は「わっ…!」と声を上げてバランスを崩す。
そのまま、近くのソファへふたりして倒れ込んだ。クッションが柔らかく沈み、茶色の髪がふわりと広がる。君は僕の胸に押しつけられる形になり、驚きと笑いが混じった目で見上げてきた。
「リュカ…わざとでしょ」
「さあ、どうかな」
僕は悪戯を咎めるように細められた瞳を見つめ返し、口元を緩める。
君は両手で僕の胸を軽く押し返そうとするけど、力を込めきれない。ソファに沈む身体は僕の体重に半ば固定され、もがけばもがくほど余計に腕の中で小さく見えた。
「やめてってば」
そう言いつつも笑みを抑えきれない顔。その頬の赤みと視線の揺れが、遊びの延長だと雄弁に語っていた。
僕は君の手首を片方だけ捕まえ、指を絡めるようにしてソファの背に軽く押さえる。もう片方の手で、肩から髪を払い、頬に沿って撫で下ろした。君は目を閉じかけてから、慌てて開いて僕を睨もうとする。
「……リュカ、ずるいよ」
「ずるいのは君だ。まだ僕をからかおうとしただろ」
「ち、違うってば…」
言葉とは裏腹に、君の声は小さく、呼吸は少し荒い。ソファの狭さと体温が、互いの距離を縮めすぎていた。
僕は少しだけ身を起こして、君の額に髪がかからないよう整える。そこで一拍置き、静かに囁いた。
「……観念した?」
君は頬を膨らませて横を向いたが、逃げ場はない。
僕はそのまま頬に唇を触れさせる。君は「ん…」と短い声を漏らし、結局は僕の胸に顔を埋めて観念した。
遊び心と甘さが入り混じった、昼下がりの静かなじゃれ合いだった。
ソファの上、柔らかいクッションに沈む君の身体。僕はその上に覆いかぶさるようにして片肘をつき、逃げ場を塞いだ。
茶色の髪が広がって、頬にかかるのを僕が指でそっと払うと、君は少し照れたように目を逸らす。
「……リュカ、近いよ」
「近い方が、君の顔がよく見える」
そう囁くと、君はますます頬を赤らめて胸に手を置いた。押し返すには弱すぎる力。その掌越しに伝わる鼓動が、僕の心臓の速さと重なっていく。
ソファの狭さもあって、僕の膝は君の腰の両脇を挟むように置かれていた。まるで君を囲い込む檻のようで、君は小さく肩をすくめる。
「……ほんと、ずるい」
「君がそう言う時、だいたいもう観念してるんだよな」
僕は口元に笑みを浮かべて、頬から顎のラインをなぞるように指を滑らせる。君はびくりと反応しつつ、結局は目を閉じて受け入れる。
静かな部屋に、衣擦れと浅い呼吸だけが満ちる。僕は少し身を沈め、額と額を触れ合わせた。視界いっぱいに映るのは、赤みを帯びた頬と潤んだ瞳。
「……このまま、動けなくなってもいい?」
「……うん」
その返事を聞いた瞬間、胸の奥にあたたかいものが広がっていく。唇を重ねれば、君の指先が僕の服をぎゅっと掴む。抵抗じゃない、縋るような力で。
僕は君の身体をすっぽりと覆い、ソファの柔らかさに包まれたまま、ただ互いの存在だけを確かめる。時間がゆっくりと溶けていく、昼下がりの甘い静けさだった。
ソファの上、柔らかく沈むクッションに二人の体温が溶け込んでいく。
僕は覆いかぶさったまま、君の頬に口づけを落とし、そのまま耳へ、首筋へと辿る。温もりと共に伝わる吐息に、君は小さく身をすくめた。
「……リュカ……」
名前を呼ぶ声は甘く、かすれて、求めるように揺れていた。
僕はその声に応えるように、片手を君の茶色の髪へと差し入れる。指の間をすり抜けるやわらかさを確かめながら、髪を梳くたびに耳元へとそっと触れる。触れられるたび、君の吐息が深くなり、胸が小さく上下する。
もう片方の手は、君の肩から鎖骨へと滑り、ゆっくりと胸元へ。服越しに形をなぞりながら、焦らすように何度も円を描く。
「……ん、リュカ……そこ……」
小さな声で制止しようとするけれど、手のひらに伝わる鼓動は拒んでいない。
僕は口づけを鎖骨の窪みに落としながら、少しずつ胸を包み込む。柔らかさと温かさを掌に収めると、君は両手で僕の腕を掴んだ。拒むようでありながら、結局は力を込めきれず、ただ縋る。
「……ほんとに、ずるい」
潤んだ瞳で見上げて、息を乱しながらそう呟く君に、僕は小さく笑みを落とす。
「ずるくてもいい。君が僕を見てくれるなら」
そう言って、僕は親指で胸の先端を軽く擦り上げた。瞬間、君の身体が弾かれるように震え、ソファの背に頭を押し付ける。
「やっ……だめ……そんなの……」
声は拒絶の形を取りながらも、身体は素直に反応している。
僕はその変化を逃さず、胸への愛撫を続けつつ、もう一方の手を太腿の上に添える。布地越しに軽く撫でるだけで、君の腰がわずかに浮き、視線が泳いだ。
「リュカ……、だめ……私……」
「……だめでも、可愛い。全部、見せて」
囁きながら、僕は唇で君の肩先を食むように啄む。細かな愛撫の積み重ねに、君の身体は限界を悟ったように震えを強め、ソファの上で甘い緊張に包まれていく。
――昼の光が差し込む静かな部屋で、僕らは時間を忘れたまま、互いを確かめ合うように寄り添っていた。
ソファの上、昼下がりのやわらかな光がカーテン越しに差し込む。
昨夜、互いを求め合い、限界まで重なり合ったはずなのに──僕は君を腕に閉じ込めたまま、まだ離れる気配を見せなかった。
「……帰る前に、もう一度だけ」
低く囁く声とともに、僕の指先が君の頬に触れ、茶色の髪を耳に掛ける。整えられた髪の隙間からのぞく肌に、僕は唇を押し当てた。昨日の余韻がまだ残る身体を撫でられるたび、君の瞳が揺れる。
「リュカ……、そんなの……無理だよ……」
小さく抗う声は、熱を帯びて震えていた。
僕は答えず、胸元へとゆっくりと手を滑らせる。服越しに形を確かめ、指の腹で柔らかさを揉みしだく。昨夜の敏感さがまだ消えないのか、君はすぐに小さな声を洩らし、身をすくめる。
「……ん……っ、リュカ……やだ……」
「本当に嫌なら、止めるよ」
吐息混じりに囁きながら、僕は親指で胸の頂を擦り上げる。拒むはずの言葉は、そのまま喉の奥で甘い声に変わっていった。
君の手が僕の肩に触れる。押し返そうとした力は弱く、結局はただ縋るように指を沈める。僕はそんな反応を確かめるように、胸への愛撫を深めていった。
やがて、もう一方の手は太腿をなぞり、裾の中へ忍び込む。昨夜の温もりがまだ残る秘められた場所を布越しに撫でると、君の腰がびくりと浮いた。
「……も、だめ……身体、まだ……」
必死に拒む言葉の裏で、熱は確かに芽吹いている。僕はその矛盾を愛おしそうに見下ろし、唇で首筋を啄んだ。
「昨夜よりも優しくする。……だから、もう一度だけ」
囁きは甘い呪文のように君をほどき、胸の先端を口で含んだ瞬間、君は背を反らせて声を洩らした。
指先は下へと進み、布の奥を確かめるように撫でていく。熱が滲んでいるのを感じ取ると、僕は顔を上げて、揺れる君の瞳を見つめた。
「……嘘はつけないね」
そう言いながら、再び唇を重ね、舌で甘く絡め取る。
ソファの上で、昼の静けさの中──僕らはまた、昨夜に続く熱へと導かれていった。
ソファの柔らかな沈み込みに、君の身体がすっかり預けられている。昼の静けさの中、外の小鳥の声すら遠く、僕の吐息と君のかすかな声だけが響いていた。
胸元を口で愛撫しながら、僕は下へと指を滑らせ、布越しに確かめていた温もりの奥へと進んでいく。濡れた感触を指先にすくい取り、その反応に小さく目を細めた。
「……君の身体は、もう準備できてる」
囁きながら、布をそっと脇にずらし、指で優しく広げる。君の頬は熱に染まり、抗う言葉は喉に詰まったまま震えるだけだった。
僕は身体を少し起こし、君を見下ろした。茶色の髪がソファに広がり、揺れる瞳が僕を映す。そんな君を抱きしめるように覆いかぶさり、熱を帯びた先端を触れさせた。
「リュカ……っ」
小さく震える声。
「大丈夫、ゆっくり入れるよ」
押し当てた瞬間、柔らかな抵抗が伝わる。君の手が僕の腕を掴み、爪先が軽く食い込んだ。その緊張を宥めるように、耳元に口づけを落としながら、少しずつ腰を進めていく。
熱の奥に吸い込まれていく感覚に、僕の喉からも低い息が漏れた。君の体内が狭く締めつけてきて、進むたびに君の声が甘く掠れて響く。
「……っ、リュカ……入ってきてる……」
「うん……全部、君に繋がる」
途中で止まり、君の様子を確かめる。眉を寄せながらも、瞳は僕を逸らさない。その意志に応えるように、最後の壁を押し越え、根元までゆっくりと沈めていった。
身体の奥深くで一つになった感覚に、君は背を弓なりに反らせ、僕の名を震えた声で呼ぶ。
「……繋がったよ、ハナ」
そう囁いて頬に唇を寄せる。君の心臓の鼓動と、僕の胸の鼓動が重なり、ソファの上で世界が二人だけになったように感じられた。
腰を浅く揺らすたびに、君の吐息が洩れ、熱が絡み合って深まっていく。昨日とは違う昼の光の中で、僕らは再び確かに一つとなっていた。
ソファに絡み合うように重なったまま、僕は君の額に軽く口づけてから、繋がった部分を確かめるように浅く腰を揺らした。
茶色の髪がソファに広がり、乱れた前髪の隙間から僕を見上げるその瞳は、もう抗う力をなくして甘さに濡れている。
「……大丈夫だよ。今日は、ゆっくり……」
低く囁きながら、深くは突き入れず、ほんの少し引いてはまた重ねるように進める。小さな往復のたびに、君の内側が吸い付いてきて、互いの熱を確かめ合うみたいに絡み合った。
君の指先は僕の背中に伸び、爪先でそっと痕を残す。
「リュカ……ん……、ゆっくりなのに、すごく……」
掠れた声が、ソファに吸い込まれる。僕はその声を逃すまいと、耳元に顔を寄せて、君の吐息と重ねるように唇を押し当てた。
腰の動きは一定のリズムを刻む。強く揺さぶることなく、確かめるように深さを変えながら繰り返す。時折、ほとんど動きを止めて君の反応を待ち、そのときに目を合わせると、君は赤くなった頬で恥じらいながらも瞳を逸らさずに受け止めてくる。
「……こうしてると、本当に一つになれた気がする」
呟くように告げ、繋がった部分を優しく揺らすと、君の身体がわずかに震え、甘い吐息が零れる。
僕は胸元に手を伸ばし、掌でそっと包み込む。愛撫しながら、ゆっくりと腰を重ね続けることで、君の体温と鼓動が少しずつ僕に溶けていくのを感じた。
昼の光に照らされた部屋は、静かであたたかい。その中で僕らは、急がずに、ただ互いを抱きしめ合いながら、確かに繋がっていた。
ソファに重なったまま、僕は君の髪を指先で払いながら、ゆっくりと奥へと揺らし続けていた。
昼の光がカーテン越しに差し込み、茶色の髪に柔らかい光を落としている。君の胸が上下するたびに、その髪がふわりと揺れ、頬には薄い紅潮が差していた。
「……リュカ……そんな、ゆっくりなのに……体の奥、全部分かっちゃう……」
か細い声が震え混じりに漏れ、僕はその声を逃さないように耳元に唇を寄せた。
「大丈夫……君が望むなら、どこまでも優しくするから」
囁きながら、深さを変え、時には浅く撫でるように、時にはゆっくり奥まで押し込む。そのたびに君の体が小さく跳ねて、ソファの背に指が沈み込む。
僕は胸元に掌を当て、親指で敏感な先端を撫でる。
「ん……っ、や、やだ……そこ、同時にされたら……」
声が震えて、体温が一気に上がるのが分かる。下で受け止める君の中が熱を帯び、僕をきつく締めつけてきた。
「……ほら、また……波が来てる……」
腰を合わせたまま囁くと、君は首を横に振りながらも、目尻を熱に潤ませて僕を見上げてくる。抗うようでいて、受け入れてしまうその瞳がたまらなく愛おしい。
僕は動きを緩めず、一定のリズムを刻む。繋がったところから、熱と湿り気が音を立てて零れ、ソファの布に淡く染みを作っていく。
君の背筋が反り、細い腕が僕の首に回される。
「リュカ……だめ……また……イッちゃう……」
「いいよ、僕の中で溺れて」
僕はその言葉に重ねるように深く押し込み、胸元を愛撫する手に力を込める。途端に君の体が大きく震え、喉の奥から抑えきれない声が溢れた。
絶頂の余波で痙攣する君を抱きしめながら、僕も抑えきれなくなり、腰の動きが自然に速まる。
「……君と、また一つになれる……っ」
最後の言葉と共に、熱を解き放ちながら、君の身体の奥で強く震えた。
しばらく二人は絡み合ったまま、息を荒げながら静けさに溶け込んでいった。
昼の光に照らされ、ソファの上には、互いの体温と吐息だけが残っている。
ソファに絡み合ったまま、二人の身体からゆっくりと熱が落ち着いていった。
昼下がりの光がやわらかく差し込み、茶色の髪を濡らした汗が小さな雫となって頬を滑る。僕はその滴を指先で拭いながら、子どもみたいに口を尖らせて君を見つめた。
「……まだ、帰りたくない」
僕は小さな声で、それでも真剣に呟く。腕に抱き寄せる力を強め、まるで君をこのまま離すまいとするように。
「リュカ……」
君は赤くなったまま、困ったように微笑む。胸の鼓動がまだ落ち着かず、僕の胸板に押し当てられてトクトクと響いている。
「でも……ずっとこうしてたら、みんな心配しちゃうよ?」
僕は眉を寄せ、首を横に振る。
「心配されてもいい。僕は、まだ君と一緒にいたい。こうして抱きしめて、君の体温を感じてたい」
声が熱っぽくなり、自分でも駄々っ子みたいだと分かっているのに、止められなかった。
君はそんな僕の頬にそっと手を添えて、落ち着かせるように指を滑らせる。
「……ふふ。リュカが、そんな顔するなんて思わなかった」
目を細めて、愛おしそうに僕を見つめるその表情に、胸の奥がじんと熱くなる。
「ね、大丈夫だよ。みんながいる家でも、二人きりで過ごせないわけじゃないでしょ?」
「……?」
「部屋にこもれば、私とリュカの時間はちゃんと作れる。だから、安心して」
そう言って柔らかく微笑みかける。その声音に、僕は少しだけ息を詰め、次いで力が抜けるように額を君の肩に落とした。
「……それでも、君を独り占めしたくなるんだ」
吐き出すような声に、君の細い指が僕の背を優しく撫でてくる。
「独り占めしていいよ。ほら、こうして二人の時間をちゃんと作ってるんだから」
その言葉に、胸の奥が甘く痺れる。
僕はもう一度君を抱き締め直し、耳元で小さく囁く。
「……本当に帰りたくない。けど……君がそう言うなら、我慢する」
君はその囁きを聞きながら、優しく僕の髪を撫でる。
昼下がりの部屋には二人の吐息だけが残り、駄々をこねる僕を宥めるように、君の微笑みが穏やかに滲んでいた。
窓から差し込む光はもう傾き始めていて、昼の眩しさから少しずつ琥珀色に変わりつつあった。
私たちは名残惜しさを胸に、ホテルの部屋着を脱ぎ、それぞれ昨日着ていた服へと着替えていった。
私は、少し皺になってしまった白いワンピース。柔らかな布地はまだ洗いたての匂いを残していて、肌に馴染む心地よさをくれるけれど、シワが光の角度でわずかに浮かび上がる。鏡に映る自分の姿を見て、思わず苦笑した。
「……ちょっとシワになっちゃったね」
そう言うと、背後から群青のシャツを羽織ったリュカが近づいてきた。白いリネンのパンツと黒いサンダルを合わせた彼は、どこか旅人めいた軽やかさをまとっていて、ホテルの窓から射す夕暮れの光を受けて、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせている。
「大丈夫。君はどんな服でも似合うから」
そう言って、背中に手を添え、皺の部分を軽くなぞるように指で押さえてくれる。彼の仕草に、胸がくすぐったくなった。
荷物をまとめ、昨日市場で買った小物や本の入った紙袋を手に取る。紙袋の持ち手が少しだけ手に食い込み、歩けばカサリと乾いた音を立てる。生活の余韻を含んだその重みが、なんだか旅の思い出そのもののように感じられた。
ホテルを後にして外に出ると、空は橙から群青へとゆるやかに溶け込んでいく途中だった。街角には夕餉の支度を知らせる匂いが漂い、焼きたてのパンの香りや香草の匂いが鼻をくすぐる。
「……もうすぐ夕方だね」
私がそう呟くと、リュカは隣で紙袋を受け取ろうと手を差し出す。
「持つよ。君の腕に痕が残るといけないから」
「え、でも……」
「いいんだ。僕に持たせて」
群青のシャツの袖が風に揺れながら、彼は自然な仕草で紙袋を引き取った。その手にあるのはただの買い物袋なのに、彼が持つと不思議と絵になる。
舗道を並んで歩くと、石畳の凹凸にサンダルが小さく鳴り、彼の歩幅に合わせて私も一歩ずつ進んでいく。夕陽が長い影を落とし、二人分の影が石畳の上で寄り添うように揺れていた。
「……帰りたくないな」
ふと零した言葉に、リュカは小さく笑った。
「僕も。けど、帰る場所があるからこそ、こうして旅を楽しめるんだろうね」
その言葉に胸が温かくなる。ホテルで過ごした濃密な時間も、紙袋の中にある小さな戦利品も、すべてが私たちの思い出として積み重なっていく。
夕風が髪を撫で、群青に染まる空がゆっくりと広がっていく中、私たちは屋敷への道を肩を並べて歩き続けた。