「確かめたいことがあるの」
神妙な面持ちで、私は彼に言った。
そして、彼と一緒にやって来たのは、とある廃ビル。
薄汚れたそのコンクリートの廃ビルを、恋人であるシュウと私は見上げる。
”確かめたいこと”――その詳しい内容を、私は彼にはまだ言っていない。
だけど、突拍子の無いことを言い出すことの多い私を、彼は信頼してくれていたので、
私が尋常ではない様子を察して、黙ってついてきてくれた。
私たちは、慎重にそっとビルに足を踏み入れる。
かつて自動扉があったらしい入り口には、今は扉は撤去されてしまっており、一応立ち入り禁止のチェーンと札が掛けてはあるが、跨げばすぐに入れてしまう。
夏のまだ昼前、空気の温度が高まっていく中、そのコンクリートの建物は、夜気をまだ残しているかのようにひんやりとしていた。
「あ……」
前を歩いていた彼女が小さく呟いて、つと足を止めた。
「どうかした、エリ?」
「違う……、このビルじゃない。思い出した」
彼女は何か考えるように無意識に口に手をやり、半ば独り言のようにそう話す。
「ごめん、いったん出直すね」
そう言うと、足早に三階まで上った階段を引き返し始めた。
「一回帰って、ちょっと調べ物する」
近くに停めていた車まで僕たちは戻り、また彼女がハンドルを握る。
「ごめんねシュウ、振り回しちゃって。本当、いつも付き合ってくれてありがとね。
まだちょっと確信が持てないから言えないんだけど、後で必ず話すから、ちょっとだけ待って欲しい」
「いいよ、気にしないで。僕はエリのこういうの、面白くて好きだから」
(比蔵佐一郎)
私は、ふと夢に出てきたその名前を思い出したのだった。
足りなかったパーツ。だから最初に検討をつけたあのビルでは無かったのだ。
でも、所詮は夢――けれどもしこれが本当に夢だけの話ではなかったら――。
「あった……」
そして、私はその建築家が実際に存在していたことを知った。
夢で知ったその名前は知っていた訳ではなくて初めて聞く名前だった。
それほど有名な建築家でもなさそうなのだが、彼はもしかしたら何か不思議な能力めいたものを持っていたのかもしれないと私は思った。
彼が建築した建物の一つ、東京の外れにそれがあるらしい。
今は空き家になっている――? 正直図書館やネットで調べても情報が少なくて、ここまで分かるのに結構大変だった。
私がなかば血眼になって調べ物をしていたのを見てきっとシュウは驚いていたことだろう。
でも深く詮索もせずにいつもみたいに自由にさせてくれていた。むしろ熱いコーヒーと夜食まで持ってきてくれた程だ。
「あとは――本当にその建物があるのか、今どうなっているのか、そして――」
私は、小さく独り言ちながら、怖いような、興奮のような気持ちを抱いていた。